私はエプロンとバンダナを付けて、黙々とトマトを切っている。友人に人手が足りないと言われて仕方なく引き受けたピザ屋のバイトだったが、これがなかなか楽しいのだ。
「名前ちゃん」
「どうしたの、タダクニくん」
バイト仲間のタダクニくん。私の周りには珍しい常識人ですぐに仲良くなった。
「接客、代わって」
なんとなくげっそりしているタダクニくんに頷いて、持っていた包丁を置いた。閉店間近のこの時間はお客さんが少ないはずなのに、どうしたんだろうか。そんな些細な疑問も厨房を出た瞬間に消え去った。
「お疲れさま」
「なんだ、ヒデノリか」
「なんだってなんだよ!こっちはお客様なんですけど」
溜め息混じりに注文を聞けば「スマイル」なんていうありもしないメニューを注文される。ここはファストフード店じゃありません。タダクニくんが交代を申し出る理由も分かる。
「当店にはそのようなメニューはございません。お引き取りくださいませ」
「ちっ、じゃあコレとコレで」
あれ、ただの冷やかしじゃなかったんだ。お会計を済ませて注文内容を厨房に伝えると、タダクニくんが困ったように笑っていた。
「まさか友達の彼女がバイト先にいるとは思ってなかったよ」
「私も、まさか彼氏の友達がバイト先にいるとは思ってなかったよ」
「ピザが出来たから、名前ちゃんも一緒にあがっていいよ」
お言葉に甘えて、ピザを待つ間に更衣室で着替えを済ませてきた。店内をチラリと覗くと、ヒデノリが行儀良く椅子に座りピザを待っていた。黙っているとモテそうなのになぁ…。
厨房でタダクニくんからピザを受け取ってヒデノリの元に向かえば、待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせているではないか。とりあえず彼に手渡して、二人で店を出た。
「そんなに食べたかったの?」
「ちげえよ、ばーか!」
ヒデノリにバカって言われた。ヒデノリにバカって…まぁ、言い方が少し可愛かったから多目に見ようと思います。
「……ピザより、名前を待って、たんだけど」
赤面した彼が小さな声で呟くようにして言った言葉は、一瞬にして私の頭を埋め尽くした。
「…………え?聞こえなかった」
「う、嘘吐くな!」
ヒデノリは黙っていればなんとやらという話はしたけど、喋ったら喋ったで問題有りなのである。実はツンデレらしい彼は、不意打ちで私の心を鷲掴みにしていくのだ。
「ヒデノリ可愛い」
「……可愛いとか言うなよ」
不満げにそう言うヒデノリは、未だに顔が赤い。私より背の高い彼を見上げていると、ある点で少し違和感を覚えた。
「そういえばまだ制服なんだね。居残りでもしてたの?」
「いや、名前のバイトが終わる時間までヨシタケと遊んでたから」
「そんなに私と一緒に帰りたかったんだ?」
「…悪いかよ」
悪いはずがないでしょう。そういった意味を込めて彼の左手を握れば、一瞬驚いていたようだけどしっかりと私の手を握り返してくれる。
「ヒデノリ、私のこと大好きだよね」
「文句あんのか!」
そうして二人で家路を急ぐのだった。
(家でピザ食べてけ、って)
(うん?)
(兄ちゃんが言ってた)
(え、いいの?)
(兄ちゃんの奢りだし、気にすることないだろ)
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0701
風音さまへ!
あまりヒロインちゃんがぐいぐい押してない気がしますが、照れまくるヒデノリを書けて楽しかったです(笑)
お気付きかも知れませんが、友人というのはきっと名護さんですね…!
ピザを食べたくなりました。
*mon chouchou:私の可愛いこちゃん