『………』
とりあえず携帯で現在の時刻を確認する。日曜日の朝10時。こんな早朝から私の部屋の扉を無遠慮にノックする輩は誰だ。いや、悲しいことに大体想像できる。私は再び目を閉じた。
「起きろ、名前!」
『なぜ入ってきてる!』
「合鍵だ!」
そ、そんなの渡した記憶がないよ!奴はまるで自分の家であるかのように堂々と入ってくる。
『…蜻蛉、いつ帰ってきたの?』
「早朝だ!」
『今もまだ早朝よ』
「…いや、それは違うと思うが」
日曜日だといっても、一般人は既に活動を開始しているぞ、だなんて。
『私は10時間以上寝たい人なの』
「だろうな!」
『だから…』
お引き取りくださいませんか、その下手に出た控えめな言葉は彼の突拍子もない提案にかきけされた。
「カレーを作ってくれないか」
『帰ってください』
「私のお願いを即答で断るとは、なかなかのドS!」
『いやいやいや…』
朝イチで訪ねてきて、いきなりカレーを作ってくれとは。ちょっと訳が分からないですね。彼の手を見ると、スーパーの袋らしきものからニンジンとジャガイモが覗いているではないか。ずいぶんと用意周到なことで。
「ヨーロッパを観光してきたのだ」
『…へえ』
「日本人が海外から帰国して、最初に食べたくなるものはカレーらしいぞ」
『だから、作れと?』
コクりと頷く蜻蛉。朝早く開店しているスーパーを探して、更にそこでカレーの材料をカゴに入れていく彼を想像すると、なぜか断れなかった。いや、単に眠気が覚めただけかもしれない。
『仕方ないな。でも、その間黙って待ってられるの?』
「もちろんだ!」
『それなら作ってあげてもいいよ』
そういった経緯で私は日曜日の10時過ぎからカレーを作り始めたのだ。
『………』
「…………」
『…いや、黙って待っててとは言ったんだけど』
終始無言を貫く蜻蛉が不自然で、落ち着かない。寧ろ非常に気色悪い。少しくらい声を出してもらいたいものだ。黙って、とは言っても限度があると思う。他愛ない会話くらい許される。
『…え、いや、なに』
「名前」
鍋のカレーをお玉でかき混ぜている私に、背後から抱き付いてくる彼は一体なにを考えてるんだ。
「寂しかったか?」
『へ?』
寂しかった、というのは自分が留守にしていた期間のことだろう。寂しくなかったといえば嘘になる。かといって寂しかったわけでもない。
『無事に帰ってきてくれるなら、それでいいかな』
「そうか」
『お土産もあれば尚良し』
「それは後で渡そう」
耳元で話されるものだから、吐息が当たってくすぐったい。それで身じろいでしまう自分が恥ずかしい。更に顔も熱くなるものだから、意外と私もまだまだ若いのかもしれない。
「はは、顔が赤いぞ!」
『うるさいな!』
「会えなかった分、名前を補給しているんだ」
『…恥ずかしいこと言わないでよ』
「そんな面も可愛らしいぞ」
蜻蛉が可愛いなんて単語を知っていることに驚いた。しかも、その言葉を自分に向かって放たれることが一番の驚きだ。
『……カレー食べて帰ってください』
「照れ隠しか!なかなかのM!」
(土産だ!)
(ヨーロッパらしいもの?)
(今回は名前にも鞭だ)
(普通にいらん)
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120505
ゆーあ様へ
リクエストありがとうございました!
甘いのか…?きっと、このサイトの中だと甘いはず。
こんなので申し訳ないのですが、よければ受け取ってくださいませ!
これからも当サイトを宜しくお願いいたします!