いつも通りの日だった。

いつも通り朝起きて、いつも通りバタバタと着替え、朝ご飯を食べて、いってきますって挨拶をして家を出る。いつもと変わらない。
ただ その日違ったのは、朝起きて隣に誰もいないこと。朝ご飯がおいしくないこと。私のいってきますに返事がないこと。いってらっしゃいって声が、優しいあの人の声がないこと。そのあとにあの人からの…キス、がないこと。
あの人――水嶋郁とは同棲をはじめてもう半年にもなる。意地悪はされるも幸せな日々を過ごしていた。
家を出る前に「いってきます」「いってらっしゃい」を言い、軽いキスをするのは習慣になっていた。恥ずかしくて顔を真っ赤にさせるのだが、それ自体は嬉しくてたまらない。だが今日はそれがない。


(そういえば出張だったけ…)


呆然と玄関で立ち尽くしてしまう。郁のいってらっしゃいが、郁の存在がないことがこんなに虚しいなんて。
なんだが虚しすぎて悲しくなる。でも それと同時に悔しくなってくる。私は彼がいないとこんなに弱いのだと。


(…?)


バイブの音が聞こえてくる。急いで携帯を出すとそこには"水嶋郁"の文字。

信じられなくて、でも嬉しくて涙が出そうになるが、それを押さえて、ボタンを押す。


「もしもし、郁?」
『そうだよ、おはよ』
「おはよう…」


郁の声を聞いた瞬間、幸せすぎて、さっきまで我慢していたものがこぼれてきてしまう。でも我慢だ。がんばれ、私。


「で、でも、朝からどうしたんですか?仕事は大丈夫ですか」
『ん?ああ、大丈夫だよ。ただ、なんとなく予感がしたんだ』
「予感?」
『どっかのだれかさんが、僕が居なくて寂しがってないかな、て』
「……バカ」

我慢しているのに、郁はずるい。電話の向こうで笑いをこらえてる。予感じゃない。確信犯め。だから、素直にそうだよって言うことが出来ない。本当は、声が聞けて嬉しいとか郁にいないと寂しいとかかわいいこと言いたいのに、言えない。


『まあ帰ったらいっぱい構ってあげるからね』
「はいはい」
『じゃあ、僕ももう行かなきゃいけないから』
「え、」
『君も大学に行く時間でしょ』
「うん」
『じゃあ、気を付けてね』
「うん、郁も気を付けて」


まだ五分も経っていない。足りない、これでは彼が足りないのに。すると彼はいつもと同じような声音で私を呼んだ。


『月子、』
「郁?」

『いってらっしゃい』


いつも変わらない。でも いつも以上に優しい声。だから 私もこの寂しさを隠して言う。


いってきます





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -