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女の子って、背が高い人が理想だと口を揃えて言ってる気がする。自分より背が高くて、かっこよくて、優しくて……。
理想というよりほぼ妄想に近い。そんな都合のいい人が何人もいるわけないじゃないか。
それに、きっと好きになってしまえば理想なんてものに結局一致していない。でも、理想しているよりもずっとずっとその人を好きになる。
まさに、今の私がそれ。私は元々、相手の身長なんて気にはしていなかったけれど、好きになったその人は、周りよりも小柄だ。それでも、私は彼が大好きなのだ。


「なまえー!資材の買い出し行ってきてー!」

「えぇ?何で私なのさ、めんどくさい!」

「つべこべ言わず!ほら、行って!」


学級委員という役職をフル活用した友人が、ぐいぐいと私の背中を押す。あんまりだ、職権乱用だ。
今、うちのクラスは文化祭に向けた準備で賑わっている。私が命じられたのは、その準備に必要な資材の買い出しだった。何でみんながわいわい騒いでる中で、私だけ外に行かなくちゃいけないの!
そんな悲痛な心の叫びなど、当然届かない。
口を尖らせつつ教室を出ようとした時、隣から勢いよく手が挙がった。


「俺も行ってくる!」

「あ、こら西谷!そんな事言ってサボろうとしてんでしょ!」

「行ってきまーす!行くぞ、なまえ」


さっと私の腕をとって、西谷は走り出す。教室から大きな声が聞こえたけど、この際聞こえないふりである。悪戯っぽく笑う彼は、まるで子どもだ。
賑わう廊下を走り抜けていると、何だか笑えてきた。ああ、面白い。

同じクラスの西谷夕。彼が私の大好きな人で、彼氏というやつである。
今のところ、みんなには内緒。変に茶化されるのは二人とも好きじゃないからだ。まあ、勘の鋭い子は気づいているかもしれないんだけど。
元々、一年生の頃から同じクラスだったから仲が良かったのだ。そういった経緯があって、私は西谷を好きになったわけなんだけど、まあその話はいいや。
今二人で抜け出したのだって、普段から仲良しだから、別段怪しまれてもいなさそうだ。


「西谷ってば、サボろうとしたの?いーけないんだー」

「人聞きの悪い事言うな!なまえが一人で行くのは可哀想だなぁと思ったんだよ」

「へえ、実のところは?」

「教室準備がめんどくさかった!」

「ですよねー!」


顔を見合わせて大笑いする。付き合うなんて言ったって、これくらいの関係がいい。
私と西谷に身長差は無く、同じ高さに肩がある。ほんのちょっと西谷が高いかなぁという程度だ。
外に出ると、今日は綺麗な青空だった。よく晴れている。資材と言っても大荷物というわけじゃないし、今となってはラッキーな気分だ。


「あれ、西谷どこ行くの」

「おう、ちょっとそっちの買い出ししててくれよ。俺、向こう行くから」

「え?う、うん」


曖昧に返事をしたが、よく考えると今回の買い出しは資材だけ。向こうも何も、結局買い出しするの私だけになるじゃないか。
遠くに消えた背を見て息巻きながら、伝えられた通りのものを手に取っていく。可愛い彼女を差し置いて、何処に行ったんだか。
会計を済ませるまでに時間はかからず、頼まれた物が入った袋を右手に持った。少し重いけれど、待ち歩けないほどではない。

さて、サボリの西谷くんは何処に居るんだろう。
くるりと視線を巡らせていると、首元に冷たさが走った。「ひぎゃあ」なんて、みっともない悲鳴が口から漏れる。


「なっ、何すんの西谷!」

「飲み物買ってきた。買い出しの特権だろ」


な?と笑って差し出されたのは、私がいつも愛飲しているジュースだった。ああもう、こんな風に笑われてしまえば許すしかないじゃない。
笑いが伝染して、顔が綻ぶ。汗をかくように水滴を流すボトルは、冷たくて気持ちがよかった。


「ありがとう、西谷」

「おう!全部買えたなら、学校戻るか」

「うん!」


西日が照りつける。夕暮れの路上に、長く伸びた影は足が長くて面白い。二人揃って影がゆらゆら揺れる。
飛行機雲がふわりと浮かんだまま、真っ白な線を描いて空を飛んでいた。飛行機雲が消えずに残った次の日は雨なんだったっけ。
ぼんやりと周りの風景を眺めながら、彼の隣を歩いている時間。永遠のようにゆっくりと、ずっとこのまま続けば幸せなのになぁ。なんて思ったところで無駄か。

特にこれといった話もしないまま、学校まで辿り着く。
先ほどまでよりも校舎内の人はいなくて、廊下に出ていた人はほとんど教室に戻っていた。ぱたぱたと上履きが音を鳴らす。
一歩前を歩く西谷は階段に差し掛かった。私もその後ろを追いかけるように、階段を一段上がる。
そんな時、ふいに西谷は振り向いたのだ。


「えっ…………」


言葉は掻き消される。あまりにも突然だった。
西谷は私の腕を引いて、軽く口づける。

一瞬の出来事に頭が追いつかない。しかし、体温は一気に上昇し、目をかっと見開いた。
意識よりも身体の方が反射的に動き出している。


「はあ!?えっ、ちょ、急に何すんの!?」

「段差利用!ちょっと高い所からの気分を味わってやろうと思って」

「だからって何で今っ……人に見られたらどうすんの!」

「わはは!悔しかったらやり返してみろ!」


満足そうに笑うこいつが憎らしいのに、好きでたまらないなんて。
段差でキスなんて少女マンガでしか見た事ないよ。でも、ちょっとどきどきしちゃうじゃないか。
悔しい。私ばっかり踊らされるなんて思うなよ。
希望通り、仕返してやる。耳元で、とびっきり甘い声で。


「西谷、だいすき」



待った無しの攻防戦
(白旗振るなら今のうち)