×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





少女マンガの主人公って凄いなぁとつくづく思う。
想い人に躊躇無く告白する事が出来るのだから。告白する事でもう元には戻れないかもしれないというリスクも、相手が自分じゃない誰かを好きかもしれない不安も、まるでなんて事ないような顔をして駆け出していくのだ。
そして待ち受けるのは、ハッピーエンド。

あたしも、幸せな結末だと分かっていたら随分と気が楽になるのに。


「なまえ!」


背後から名前を呼ばれる。朝の事だった。
振り返った先には、笑顔で手をぶんぶんと振ってくる坊主頭の少年。田中龍之介。
あたしが、大好きな人。


「龍之介!おはよう、どうしたの朝から」

「電子辞書持ってねえか?一限目から使うのに忘れてきたんだよな」

「何それ、龍之介電子辞書なんて使えるの?」

「使えるに決まってんだろ!」


そんな冗談を言い合って、二人して笑う。
私と龍之介は、中学からの仲だ。一年生の頃に同じクラスになってから、初めてまともに会話を交わしたのが龍之介だった。会話の内容なんてきっとどうでもいい事だったんだろう。それでも明るい彼が印象的であったのを覚えている。
そうして、その日から仲良くしているうちに、彼の良いところを知って、私は龍之介を好きになってしまったんだ。

たしかに見た目はすごく不良っぽいというか、いつも睨んでるみたいな顔をしてるけれど本人はすごくそれを気にしている。
怖くて話しかけられない、なんて言う子がいるけど全然そんな事はない。でも、何というか私としてはそっちの方が都合がいいのだ。龍之介の良いところを沢山知っているのはあたしだけでいたい。
まあ、ただの我が儘なんだけど。


「はい。あたし午後からの授業でこれ使うから、ちゃんとそれまでに返してね」

「任せろ!」

「はあ!?龍、電子辞書持ってきてねえの!?」


突然、後ろから耳が痛くなるほど大きな声がした。振り返った先に居たのは、クラスメイトの西谷夕。
「俺も忘れたから龍に借りに行こうと思っていたのに」という事らしい。西谷こそいつも居眠りばかりで電子辞書なんて使わないだろうに。
まあどちらにせよ、残念でした西谷。


「じゃあサンキューな、なまえ!」


それだけを言い残して、龍之介は走り去って行った。横で項垂れている西谷。
力に借りようかなあ、と呟く彼はまだ諦めていないらしい。授業に対する姿勢はいいとして、居眠りさえしなければ満点なんだけど。でも、子どもみたいな顔をして眠る彼をみれば、バレー頑張ってるんだろうなって事は分かる。それはきっと龍之介も一緒だ。
龍之介も西谷も普段は馬鹿やっててうるさいけど、バレーをしてる時は真剣で、本当にかっこいい。


「そういや、前から気になってたんだけどよぉ」

「うん?」

「みょうじって龍の事、好きなわけ?」

「うえっ!?」


素っ頓狂な声を上げてしまった。ほとんど肯定してるのと同じだ。
西谷は、別段驚くこともなく、「やっぱりな」とだけ言って私をじっと見た。まさか前々から気づかれていたのだろうか。どうしよう、かなり恥ずかしい。
真っ直ぐ見つめられ狼狽えていると、西谷はゆっくりと口を開いた。


「で、それ龍に言わねえの?」

「むっ、無理無理無理!絶対に無理!」

「あ?何でだよ」


怪訝な顔をして聞き返してくるけど、第三者である西谷にあたしの気持ちなど到底分かってもらえない。
黙りこくるあたしを覗き込んで、おい、ともう一度声をかけてくる。


「だって、龍之介とは今でも十分仲良しだし、もし……すっすすす好きとかそういう事言っちゃったらさ、もう友達ですら居られないかもしれないじゃん」

「お前さぁ、龍がそんな薄情者だと思ってんのか?」

「お、思ってない……けどっ、ほら、龍之介って単純でしょ?だから、たとえ仲良く続けられても、変に意識されてぎくしゃくしちゃうの嫌だから」


例えばあたしが無かった事にしようと振る舞ったとしても、龍之介は多分意識して無理矢理笑って優しくするんだ。
そんなの絶対に嫌。龍之介に気を遣わせてしまうのが、たまらなく嫌。
あたしの考えを察したのかどうか分からないけれど、西谷は複雑そうな顔をして、大きな溜め息を吐いた。


「それでも伝えなきゃいけない事ってのはあるだろ。怖がってちゃ何も始まんねえぞ」

「うん、分かってる。けど、ごめんね西谷」


何の意味も持たない謝罪だけが宙を舞い、始業のチャイムが鳴る。
あたしは何かを始めたいわけじゃない。もちろん、あわよくば始まらないかなぁとは思っている。
もしも、龍之介があたしと同じ気持ちなら。
そんなどうしようもない想像だけをして、結局今のまま仲良し≠ナいいんだって事で落ち着いてしまう。情けない。


「なまえ」


昼休みに頭上から声がして、突っ伏していた顔を上げた。視界に広がるのは、使い慣れたあたしの電子辞書。
それを手に持っている人物が誰なのか理解する事に時間はかからなかった。


「ありがとうな、助かった」

「それはよかった。何かお礼してもらわないとね」

「おう!」

「えっ、冗談だよ。真に受けないで」


慌てるあたしを見て、可笑しそうに龍之介は笑った。


「昼飯まだなんだろ?何か奢ってやるから、一緒に食おうぜ」

「う、うん……!」


狡いなぁ。恩着せがましくなくて、それでいて優しさがさりげない。
しかも一緒にお昼ご飯を食べられるなんて。
夢見心地で席を立って、龍之介の隣を歩く。ジュースかパンにするかとかデザートがいいかなとか、横でぶつぶつ言っているけれど、この際あたしとしては何だっていい。
龍之介が横で歩いてるだけで、十分満たされているんだから。

でも、西谷の言葉が頭をぐるぐる回る。
伝えなきゃいけない事ってのはあるだろ。ぐるぐるぐるぐるとあたしの頭を回る。


「龍之介は、さ」

「ん?」

「あたしに好きな人出来たら、協力してくれる?」


一瞬流れる沈黙。
自分でも何が言いたいのかさっぱり分からない。やっぱり無かった事にして、と続けようとしたものの、先に口を開いたのは龍之介だった。


「そりゃ、なまえがそうしてほしいならするだろ。とうとうなまえも色気づいてそんな話するようになったか?」


あまりにも、すんなりと出てきた言葉に胸が詰まった。やっぱり龍之介にとってあたしは大事なオトモダチ止まりのものなんだろう。
望んだ通り、これからも継続するべき関係なのに、目の当たりにするとやっぱり苦しくなる。
馬鹿な事だと分かっている。早く誤魔化さないと。早く。あたしもそうだよ、って言わないと。


「あ、あたしも……もし龍之介にそんな人が出来たら協力するね!龍之介とその人が、幸せになるようにさ。龍之介が幸せそうだとこっちまで幸せになっちゃうし、あはは……」


空っぽの笑い声を漏らした時、龍之介があたしの腕を掴んだ。少し、痛い。
龍之介は、あーとかうーとか言葉にならない唸り声をあげながら俯く。そして、あたしの目を真っ直ぐ見つめ返した。


「…………嘘ついた」

「え?」

「俺、多分協力できない」

「え、何?」


意味が分からなくて何度も聞き返すあたしに、大きな溜め息を吐く。何で分かんねえんだよ、とひとこと漏らす。
分かるわけないじゃん、あたしはエスパーでもなければ神様でもないんだから。だから、早く龍之介の口から続きを聞きたい。


「俺、なまえに好きなやつとか出来たら、多分……いや、あー、すっげえ嫌っつーか、うん。嫌なんだけど、かなり」

「う、うそだ……」

「俺がこんな嘘つくかよ」


つかないよ。分かってるよ。
だって龍之介は馬鹿で不器用だから、こんな笑えない嘘つけるわけ無い。


「なまえは、俺が好きなやつとか出来てもどうって事無いんだろうけど、俺は」

「あたしも嫌!絶対に!」

「あ?だってお前、さっき……」

「だって、怖かったんだよ。これ以上踏み込んだら、絶対に龍之介と今まで通り友達じゃいられなくなるって。だから、嘘つくしかなくて」


多分、言うなら今。
少しだけ自惚れてもいいなら、今言うべき事はただ一つ。


「あたし、本当は中学の頃からずっと龍之介が大好きだったんだよ。でも、二人で馬鹿やって笑ってるのも楽しくて、だからこそ、関係が崩れちゃうのが怖くて言えなかったんだよ。ずっとずっと」


身体中の血液がぐるぐる回る。心臓がうるさい。
お願いだよ龍之介、あたしの気持ちがどうか伝わっていますように。


「じゃあさ、なまえ」

「え?」

「今も友達のまんまがいいか?」


いつもとはちょっと違う、試すような笑みを浮かべている。その意図はきっと、間違っていなければあたしの思った通り。
だから、あたしも笑うんだ。とびっきり満面の笑み。


「あわよくば、オトモダチ以上がいい」

「じゃあ、今日からオトモダチ以上になろうぜ」


わしゃわしゃと頭を撫でられる。
今目を閉じて、もう一度開けた時に夢だったなんて本当にやめてね。夢じゃないって誰か言って。
だって、ずっと望んでいた事が一気に押し寄せてきたんだよ。信じられるわけないじゃないか。
少女マンガのハッピーエンドが待っているとは、限らないんだから。

でも、ゆっくりと目を閉じてもう一度瞼の間から差し込んできた光と、目に映る大好きな彼はそれを夢じゃないと肯定した。
そして、あたしにだけ聞こえるように言ったんだ。


「俺も、ずっと好きだった」と。



戸惑いと3センチメートル
(もどかしい距離に手を伸ばした)