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「寒いなぁ」


ふわりと口から白い空気が舞った。寒いのだ、本当に。僅かな呼吸すら存在を示すようにふわふわと色をつける。
冬は嫌いじゃない。でも、別に好きでもない。日本は四季がはっきりしており美しい、と言うけれど私には別段気に留めることでもなかった。感性が乏しいと思われるかもしれない、当然だ。とにかく、四季が無い場所で何年も過ごせばちょっとでも印象が変わるだろうか。

今日はクラスでの集まりがあるとか何とかで、夕方から外出することになっていた。至って健全なクラス会というやつだ。みんなでわいわいと食事をするだけ。
残念なことに、私の家の方面から来る友人は少なく、現地に行くまで誰かに会えそうには無かった。まあ、さっさと行けばみんなも来ているだろうし丁度いいか。
とんとんと爪先で地面を叩き、新しく買ったブーツを足に馴染ませる。バスに乗り込んでからは、じっと静かな空間で不規則な車内の揺れに身を任せた。


「なまえ」


運転手さんに軽くお礼を言ってからバスを降りると、不意に背後から名前を呼ばれた。彼が私を下の名前で呼ぶようになったのは一体いつくらいだったか。何の前触れも無かったので驚いたのを覚えている。きっと誰かに対する呼び方なんかにこだわりは持っていなくて、思いついたように呼んだだけだったのだろう。
尤も私は初めて呼ばれた時、下の名前で覚えてくれてるんだ、と少し舞い上がってしまったけれど。


「ノヤさんじゃん。奇遇だね、今から行くとこ?」

「そうそう。バスに乗ってるなまえが見えたからさ、一緒に行こうぜ」

「うん、行こう」


例によって、彼も私と同じ目的でここを歩いている。クラスメイトなのだ。冬休みに入ってからはめっきり会わなくなったが、冬休みなんてたった二週間くらいしか無いんだから、大して久しぶりだという感覚も無い。
彼の口元からも、ふわふわ舞う白が見える。寒いね、そうだな、と端的な会話を交わしながら灰色の空の下で、白を散らしながら歩いていく。課題は終わったのかとか、どこか旅行に行ったかとか、話題は尽きなかった。無言のまま進まれるより全然助かるのでいい。


「お、来たな!」

「西谷珍しく早いじゃん」


待ち合わせの場所にはちらほらとみんなが集まっていて、私達を見るなり手を振ってくる。笑いながら手を振り返し、すいっと自然にノヤさんと離れた。まあ、互いの友人関係があるのだから当然。
今日の流れとしては、みんなでご飯を食べてから希望者を募ってカラオケへ移動というもの。こういうクラス会めいたもの、他のところでもやってるのかな。それにしたって、うちのクラスは秀でて仲が良いと思う。
そうかこれが青春というやつか、などと年寄りくさいことを考えながら暖かい店内へ入っていく。時間内食べ放題のコースとあってか、男子勢はいきなり走り込んでいった。クラス委員長から鋭い怒声が飛び、爆笑の渦が巻き起こり、それもまた私達らしくて楽しい。

思えば、いつだって無難に毎日を楽しんできた方だった。平和という面で見るととても良く見えるが、結局変化を恐れて何も出来なかったのが現実だ。怖いのだ、明確な変化が。
だから、こうしてみんなと騒ぐだけに収まりながら、自分の想いを直隠しにしている。


「二次会行く人挙手してー」


幹事の声に従って、過半数が手を挙げた。もちろん、私も。しかし、視界の端に捉えたノヤさんは手を挙げていなかった。あれ、行かないのかな。
そう思ったものの、わざわざ聞きに行くのも気が引けた。今日はたまたま同じ道になったから一緒に来ただけで、実のところ教室ではちょっと話すくらいのものなのだ。それでも、全く喋らないわけでもなく、微妙で曖昧な関係。まあ、仲が良い方には分類されるかもしれない。
私がいちいち聞くまでも無く、男子勢から「西谷行かねえの?」と声が上がった。すると、どうやら用事が相俟って行けそうにないらしい。残念そうな意見も出たが、こういう集まりがもう二度と無いわけでもない。寧ろ、頻繁に企画されている方だと思う。だから、今回来れない人達は次回に見送りという形で、ノヤさんを含む数名と別れた。
その時も、ただ何となく別れの挨拶は交わさなかった。


「なまえ歌わないの?」

「ええ?一人で歌うの恥ずかしいよ、一緒に何か歌ってよ」


隣に座っていた友人にマイクを押しつけ、曲を予約する。大体の人が知っていて、無難な曲を。妙にマイナーな曲を選んでしまっては飽きてしまうだろうし、到底一緒に歌えないと思ったから。
こんな風に一人で妙な気を遣ってしまうのは今に始まったわけではないけれど、別に不快というわけでもなかった。慣れてしまったのか麻痺してしまったのかは定かじゃないけれど。どっちにしたって、自然に出るものだから今更どうこう出来るわけないか。これで得をしたことも沢山あるけれど、多分知らないところで損もいっぱいしてる。


「そんじゃ、このへんで解散としますか!」

「だね、あんたらみんな冬休み明けまでに課題終わらせなよー」

「ぎゃー!やめろやめろ!」


騒がしくしながら、みんな自分の家の方向へと散らばっていく。途中までは誰かが居たというのに、やっぱり最後には一人になってしまった。そうだ、今日はノヤさんと来たから一人じゃなかったんだよね。
別に一人が心細いというわけではない。でもやっぱり、一人だと退屈だ。


「うわっ」


バス停に着き、直にバスが来る頃かという時にポケットで携帯が震えた。音を出したままだったので、余計に驚いた。もうすぐバスに乗るからマナーモードにしなくちゃ、気づいてよかった。そんなことを思いながら画面を見ると、ぼんやり光る文字盤にはノヤさんの名前があった。
それがまた私を驚かせ、慌てさせる。どうしよう、何だろう。あたふたしていると目の前にバスが停まり、小走りで乗車する羽目になった。空いている席に腰を下ろして、何事かと画面を見つめる。


「帰りのこと考えてなかった。大丈夫だったか?」


たったそれだけの文章だった。でも、たったそれだけの言葉に心臓が跳ね上がった。私が一人だったの覚えてたんだ。自分が先に帰っちゃったから、一人になったと思ってわざわざ。
今バスに乗ったから大丈夫ありがとう。文章では端的なものだったけれど、これを打つだけで何度文字を間違えたことか。慣れた操作のはずなのに。

未だに、誰にも話していないことがある。
私は、多分いつからかノヤさんのことが気になっていたのだ。それが恋愛的感情なのか、友人として仲良くなりたいという願望かは分からない。それでも、ちょっと他の人より話す時に緊張してしまうし、どう接したらいいのか分からなくて気軽に話しかけられない。
恋愛にしたって何にしたって、失敗するのが怖くてあと一歩を踏み出せたことがないのだ。今回もそう。本当はもう少しノヤさんと話せたらいいのに、と思うのに結局変な奴だと思われたくなくて、声をかけることすら上手くいかない。
だから、彼が些細なことを覚えてくれていて、少しでも私を気にかけてくれたことが嬉しくてたまらないんだ。可笑しなやつだって笑われるかもしれないけどさ。それでも、今日一緒に歩いた時間も忘れられない冬になるには絶妙なハプニングだったんだ。

変なところ意地っ張りだから、認められないのかな。自分のことなのに。
私、今絶対、彼に恋をしようとしているんだろうね。




上手くいかない感情論
(理屈や理論でどうにもならないでしょ)