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恋をしたのだと思った。

突発的に好きだと感じたわけではない。ただ、じわりじわりと染み込んでくるようにゆっくりと、あたしはこの人が好きなんだと思った。
怒りっぽくて無愛想な顔をしてるくせに本当は優しい人で、笑うとちょっと子どもみたいで可愛いところなんて、あたしをどきどきさせるには十分だった。


「あっ、岩泉先輩!こんにちは!」

「おう」

「あれれ、なまえちゃんじゃないの!やっほー」

「あっ及川先輩もこんにちは」


ひらひらと手を振っていた及川先輩は、「何その付け足したみたいな言い方!」と頬を膨らませた。背も高くて顔立ちが整ってる及川先輩がそんな事をすれば、女の子達から黄色い声が上がるんだろう。
一方、岩泉先輩はそんな彼を見て呆れたような顔をする。背も及川先輩に比べたら小柄だ。女の子達の視線は及川先輩に注がれているわけだから、多分岩泉先輩など眼中に無いだろう。
あたしとしては、その方が万々歳だ。大好きな岩泉先輩を他の誰かに取られてしまっては困る。

あたしが二人と関わるようになったのは、一年ほど前である。
中学の頃からバレーをしている友人に「マネージャーをしてほしい」と言われたのだ。もちろん女の子の。
女バレにマネージャーなんているのかと疑問に思ったけれど、別段珍しい事ではないらしい。そもそも男子が主である部活にしかマネージャーが居ないと思っているのが偏見みたいなものだ。
これといった希望部活も無かったし、あたしは快諾した。
そこで出会ったのが、隣のコートで練習している男子バレー部の岩泉先輩。及川先輩は入学した当初から噂に聞いていた。だから、最初はその噂の先輩を探したものだ。
岩泉先輩の第一印象は、いつも怒っている人。及川先輩に怒声を浴びせ、ボールをぶつけ、呆れたように溜め息ばかり吐いていた。そういった対応をされる及川先輩にも原因はあるのだろうけど、この先輩に目をつけられたら死ぬんじゃないかとすら思ったほどに岩泉先輩は怖かった。

そんな岩泉先輩への印象が一変したのは、ある日の朝練前。
一足早く着いたあたしが体育館に入った時、誰もいないはずの体育館から物音がしていたのだ。


「え、あっ……」

「は、うわっ、すまん!もう練習の時間だったか?」

「い、いえ!その、早く着いてしまって!」


ぶんぶんと首を振ると、岩泉先輩は少しだけ笑ってボールを手にコートから出た。
うわ、この人笑うとこんな顔するんだ。
それに、もう既にじんわりと熱気が彼を包んでいる。あたしが来るずっと前から、ここで練習をしていたのだろうか。
すごく努力家なんだな、と汗を拭う後ろ姿を見つめていると、不意に先輩がこちらを振り返った。


「みょうじ、女バレのマネージャーだろ?朝早くから頑張ってるんだな。いつもお疲れさん」

「えっ」


聞き返した時には、もうバッグを肩にかけ体育館を去っていた。
何であたしの名前覚えてるんだろう。それに、全然怖くない。優しくて、笑った顔なんてちょっと可愛かった。
きっとこの日から岩泉先輩への印象が変わり、今まで見えていなかった良い所が浮き上がってきたんだ。だから、知らないうちに好きになってしまったんだ。


「なまえちゃん、今日も可愛いね。ねっ、岩ちゃん!」

「はいはい、聞き飽きましたよ及川先輩。どうせそこらへんの子みんなに言ってるんでしょう?」

「あっ、酷いなぁ!ちゃんとそう思ってるのにぃ」

「みょうじには全部筒抜けだな」


もう岩ちゃん!と膨れる及川先輩。しらっとした顔で答えたけど、心臓がばくばくと跳ね上がっている。
岩泉先輩には上手く躱されてしまったけど、本当はあたしの事可愛いとかそういう風に思ってくれているんだろうか。思ってないよなぁ、ただの後輩だもん。

ぎゃあぎゃあと騒がしくしていると、三年生と見られる人が岩泉先輩を呼んだ。進路相談の時間がどうのこうのと言っていた。
「今行く」と返事をして、岩泉先輩は向こうへ行ってしまう。進路か。もう先輩達は居なくなっちゃうんだ。
すごく、寂しい。


「及川先輩って彼女居るんですか」

「どうしたの俺の事気になるの?良かったねぇ、まだ彼女は居ないよ」

「自意識過剰もここまで来ると清々しいですね。そうか、だから誰にでも可愛い可愛いって言えちゃうんだ」

「君は俺が傷つかない人間だと思ってるの?」

「あっ、ごめんなさい」


慌てて謝ると、そういう素直な所が可愛いよね、なんて性懲りも無く口にする。呼吸をするように女の子を口説くとはなかなか。
いや、その分人の良い所を見てるって事だよね。


「そういえば、岩泉先輩も彼女とか居るんですか?」


戸惑いも何も見せずに、まるで思い出したかのような口調で問いかけた。なのに、及川先輩はくすくすと笑う。


「なまえちゃんが本当に聞きたかったのはその話かぁ」

「ち、ちがっ」

「分かった分かった。でも、俺は知らないよ」

「知らない……?」

「だって岩ちゃんとそういう話あんまりしないし。気になるんなら、自分で聞いてみたら?」


驚きのあまり勢いよく顔を上げると「岩ちゃんは変な所が鈍いから、さっきみたいに聞けば普通に教えてくれるんじゃない?」なんて、馬鹿にしてるのか。
何も言い返せず黙っていると、頑張ってねと他人事のように手を振って歩き去ってしまった。

まあ、聞くだけならいいかな。もし、もう彼女とか好きな人が居たらあたしの失恋は確定だけど。でも、やっぱり気になって仕方が無い。
それに、岩泉先輩ならそういう事に興味ないって言いそうだもん。なんて、淡い期待だろうか。一般の男子高校生なら色恋沙汰の話なんか、普通の事なのかもしれないし。
一日中そんな事ばかり考えている。
どうしよう。どうしよう。


「おい」


ふと、気がつくと目の前に怪訝そうな顔でこちらを覗き込む岩泉先輩が居た。ひょええ、みたいな情けない悲鳴が漏れてしまい、かなり恥ずかしい。
部活が始まるまでまだ時間はある。このちょっとした合間ですら、岩泉先輩は練習に費やしているのはよく知っている。この瞬間だけ、ほんの少し二人だけの空間が生まれる。だから、あたしも少し早めに体育館へ入ることがいつの間にか習慣になっていた。


「どうしたんだ」

「あっ、あの、先輩」

「ん?」

「今日及川先輩と話してて気になったんですけど、その、先輩って彼女とか居るんですか?及川先輩は居ないらしいんですけどね、ははは」


苦し紛れに及川先輩の話題を混ぜ込んだけれど、不自然かな。不自然だよな。
空っぽで無味な笑いをひたすら漏らしていると、先輩は呆れたような顔であたしの頭を小突いた。


「んなもん居ねえよ。ったく、及川の野郎に何吹き込まれてんだ」

「あ、い、居ないんですか。そっか、ははは」

「何笑ってんだ、髪の毛ぐっしゃぐしゃにすんぞ」

「わ、勘弁してください」


両手で頭を覆うけれど、やっぱり笑いは堪えられなかった。ああ良かった!彼女居ないんだ!
岩泉先輩も相変わらずの鈍感っぷりで、全部及川先輩に何か吹き込まれたせいだと勘違いしてるし。
とりあえず、現状維持出来そうで何より。


「で、華の女子高生のお前は?」

「え、か、かかか彼氏ですか!?居ないですそんなの!独身です!」

「独身ってな……」


呆れ笑いをしながら、ボールを掴む。ぽんぽんとバウンドさせてこちらを振り向いた。

ちょっとだけ、いつもと違う笑い方。


「まあ俺も独身みたいなもんだし、誰かさんがちょっと頑張ればお互い隣が埋まるってもんだな」

「えっ」

「チャンスは今だけど、どうする?」


前言撤回だ。
鈍感?誰が?この人は全部気づいてる。
現状維持?違う。変えなければならない。
全ては不敵に笑うこの人のせい。


「あ、あたし、先輩の事が好きなんですけど!」

「ああ、俺も」




隣は空席ですが
(よろしければ座りますか?)