柔らかな風が優しく吹く。その風は肌ではあまり感じないのだが、風は吹いているのだと教えるように、木々は葉を揺らす。
その風に乗って、ふと馴染みのある香りが鼻腔を擽った。
彼はいつもその香りを身に纏っていた。たとえ背後にいたとしても、その香りが後ろから感じることができた。
けれど、いつも纏っているその香りを感じることができない時があった。
何故、彼はあれほど染み付いている香りを感じさせなくすることができるのだろうか。
何故、普段から感じているその香りを感じることができないのだろうか。
そのことを、直接彼に訊いたことはなかった。






◇      ◇






傍にある木に背を預け、上にいるであろう彼に向かって視線は向けずに言葉を投げかける。


「…冴弥。いるんだろ」
「流石ナルト。よくこの木だって分かったな」


そうすれば、頭上から聴いていて心地よい低めのバリトンの声が響く。その声音にはからかいの色も混じっていたが、不愉快ではなかった。
自分はこの声が好きなのだと、改めて感じた。


「どうしたんだ?ナルトがわざわざ俺に会いに来てくれるなんて珍しいな」
「…なんとなく、だ」


木に背を預けたままずるずると座り込み、空を仰いだ。ひたすら青が広がる中、ちらほらと白が垣間見える。
時々、彼が吐き出す紫煙の香りが鼻を掠める。眼前に広がる色を映した瞳を覆い、無意識に彼が纏う香りをより強く求めた。
ふと、頭上にあった気配が己の隣に移動したのを感じる。彼が近くにいるために、彼の纏う香りをより強く感じた。


「…綺麗な空だな」


彼が呟く。
彼が紡いだ声に安堵を覚え、無意識に言葉を返す。


「…ああ。そうだな」
「…お前の瞳と、同じ色だな。ナルト」


己が無意識に返した言葉に、彼が返事をする。
ゆるゆると瞳を覆っていたものを退かし、首を軽く彼がいるほうへ向ける。彼は、血のようなその瞳で空を見据えていた。


「…俺がいた世界に、いずれ大空の称号を継ぐだろう少年がいるんだ」
「へぇ…」
「とても優しい少年がいるんだ」


空を見据えていた瞳が己へと向けられる。血のようなその瞳は、とても優しい光を灯していた。
ふわりと紫煙が舞い、ゆらゆらと香りが拡散する。


「もし、ナルトを向こうに連れて行くことができたら、そいつを…綱吉を紹介するよ」
「ああ」
「きっと、ナルトのことを受け入れてくれるだろう。いい友達になれると思うぞ」













もう一つの世界

(そう言って、彼は笑った)
(その笑顔に、俺はいつも救われるんだ)