あの子が、昌浩が、とうとう天命を迎えてしまう。 暗くて冷たくて、独りきりで寂しかったあの岩牢の封印から救ってくれた。千年もの間 愛しい愛しい人の子。優しい優しい陰陽師。かけがえのない大切な我が主。 あの子が逝ってしまう。黄泉の国へと逝ってしまう。人はなんと儚いのだろう。 褥に横たわる昌浩を、俺と神将達が囲んでいる。ゆっくりとした浅い呼吸を続ける昌浩の表情は、とても穏やかだった。 これは天命なのだから、と。星の また廻ってくるから、と。 「だから、その時は見つけてくれ」 そう言って、眠るように逝った。 葬儀が済んだ後、昌浩の亡骸を朱雀の炎で焼いた。朱雀は浄化の炎だから、亡骸を弔うには丁度良いのだ。 陰陽師の身体はたとえ亡骸といえど、妖にとって喰らえば力になる。そう簡単に墓に埋葬することなど出来ない。 炎に包まれる昌浩を見ていると、ふいに太陰が頬に触れた。その手が冷たく濡れているように感じるのは何故だろう。 「泣いてるのね、白銀」 ああ、冷たいと感じたのは己の涙だったのか。哀しいのだな、俺は。愛しいあの子が黄泉へと渡ってしまったことが、俺は堪らなく哀しいのだ。 あの子のいないこの邸で、この世界で生きていくなど、俺には出来そうもない。 だから眠った。昌浩と初めて会ったあの岩牢で。昌浩の魂を見つけてくれ、と白緋に言い残して。 目覚めた時には、再び昌浩と見えることが出来ると願って、俺は本性に戻って眠った。 あれから幾年の時が流れたのだろう。時折来る白緋は時を知らせてはくれない。 眠っているとはいえ、声は聞こえているのだ。だから、白緋が俺にしてくれる話も全て聞いている。憶えている。 太陰がようやく騰蛇に怯えなくなったとか、騰蛇と青龍がいがみ合わなくなったとか、青龍と太裳は相変わらずだとか。 黄金色の瞳の妖に会った、とか。人間の娘を連れて、妖を従えていたらしい。妖怪任侠を名乗っているんだそうだ。 白緋がしてくれる話はどれも面白く、楽しいものだった。少しでも早く哀しみから抜け出せるようにと、俺を気遣ってくれているのだろう。 気性は烈しいけれど、とても優しいのだと、俺は知っているから。 ある日、白緋がまた来てくれた。随分妖気が乱れているが、どうかしたのだろうか。 岩牢の中に飛び込み、俺にしがみ付きながら震える声で、白緋はこう言った。 「昌浩を見つけた」 俺が眠りについてから、千年の時が流れたある朝のことだった。 その日は弥生の半ば、朔の日だった。 |