何故、こんなことになったのだろう。
何故、今私は無傷なのだ?
たった今、私を貫くはずだった虚の爪が、何故私を貫いていない?
私は今、傷を負っていない。
ならば、私の頬に飛んだ血は、
私の目の前に広がる、紅に染まりつつある漆黒の衣は、


「慧斗ッ!」
「ああ…ルキア…無事かい?」


私を貫くはずだった虚の爪は、直前で私を庇った慧斗を貫いていた。
腹に大きな風穴を空けておきながら、斬魄刀をたった一閃しただけで虚を消し去った慧斗は、そのまま重力に従って後ろに倒れた。
地面に倒れ込む前に、私は慧斗を抱え込む。傷口からは止め処なく血が溢れていて、臓腑が傷付いたせいか、口からも血を流していた。
慧斗の方が重傷なのは火を見るよりも明らかなのに、私に無事かと尋ねてくる。
少しでも止血しようと、私は傷口に手を翳して霊力を送り込んだ。


「ルキア…そんなこと、しなくても…」
「いいから喋るな!」
「大丈夫、すぐに…四番隊が…ッ、ゴホッ…」
「…ッもう喋るな…!」


すぐに四番隊が来る、と言いかけた時にふいに咳き込んだカと思えば、大量の血を吐いた。
このままでは、四番隊が来るまで保たないかもしれぬ…!
私は、一気に流し込む霊力の量を増やした。これだけの傷を塞ぐ力は私には無い。けれど、出血を抑えるくらいなら…!


「どうして、私を庇ったのだ…!」


慧斗の姿が、ふいに海燕殿と重なった。
一護のように、容姿が似ているわけではない。何故かは判らぬが、確かに慧斗と海燕殿が同じに見えたのだ。
今にも息絶えてしまいそうなのに、小さく、優しく微笑む、その姿が。


「どうして、か…ッ」


ぽろりと零した私の言葉に応えるように、慧斗も小さく言葉を漏らした。
直後にまた咳き込み、こみ上げてきた血を吐き出しながらも、ふふ、と柔らかく微笑む。
恐らくは泣きそうに歪められている私の顔を優しく見つめ、そっと頬に手を伸ばす。


「どうして、なんて…僕にも…判らないよ…」


つつ、と堪え切れずに流れた涙を、慧斗は優しく拭った。
月のような、その金晴色(きんいろ)の瞳に柔らかい光を灯していた。


「ただ…」













失いたくなかっただけだよ

(ただ、それだけ)
(大丈夫、絶対に死なないよ。約束しよう)