今日は獄寺君がイタリアにダイナマイトの調達に行ってて、いない。
山本は野球部の先輩に呼び出されていて、いない。
屋上に一人で昼飯を食べるのは、初めてかもしれない。
そんな事を考えながら屋上へと繋がる扉を開けた。


「やぁ綱吉。久し振りだね」


勢い良く開けたばかりの扉を閉めた。何で此処にいないはずの人がいるんだよ…!幻覚幻覚!それか俺は立ったまま寝てるんだ!
勢い良く閉めた扉をそろそろと開ける。すると、ほんの少し出来た隙間にすごい速さで足が滑り込んできた。俺は情けない声を上げてとっさに閉めようとするけど、足がそれを邪魔する。
今度は手が扉を、それこそがしっと掴んだ。俺はまた情けない声を上げた。ホラー映画並に怖ぇ…!や、本当に!


「酷いな、折角来たのに」


その言葉と共に、俺の必死な抵抗も虚しく扉が開け放たれた。屋上の扉は押し開きなので、俺は勢い良く開いた扉に引っ張られるように屋上に転がり込んだ。そのときに蹴躓いてしまい、目の前にいた人に倒れ込む。
流石に俺が倒れ込んでくることは予想外だったらしく、俺を支えきれずに屋上に二人でダイブした。他の人が見たら変な勘違いをされそうな体制のまま、彼はぎこちなく笑った。


「改めて。久し振り、綱吉」


身体を起こして扉を閉めてから、どうして此処にいるのか訊いてみた。
曰く、退屈だったから家の用事があるとでっち上げて、学校をサボってきたらしい。しかもあのすごく遠い星華学園から徒歩で来たと訊いた時は、驚いた。車でも20分程かかるというのに、それを徒歩でとなるとどれくらいかかるのだろう。
そんなくだらない事に思考を巡らせていると、ふいに声をかけられた。


「ところで綱吉、昼飯はまだだろ?食べなくていいのか?」
「そーいえばそーだった…!」


彼の登場に気を取られて空腹だった事を忘れていた。
くすくすと冴弥さんに笑われて、思わず非難の瞳を向けると謝罪のかわりに頭を撫でられた。俺もう頭撫でられるような歳じゃないんだけどな…。冴弥さんに撫でられるのは、不思議と心地いい。
俺が弁当を広げていると、冴弥さんは何処からとなく袋を取り出した。冴弥さんの昼飯はサンドイッチとコーヒーみたいだ。俺は母さんが作ってくれた弁当だけど。
いただきます、と合掌して、箸を手にとっておかずをつつく。冴弥さんもコーヒーのパックにストローをさして、サンドイッチの袋を開けた。
サンドイッチ二切れとコーヒーだけで足りるのかな…


昼食をすませ、「どうせなら午後の授業サボっちゃえば?」という冴弥の言葉に甘え、未だ屋上で他愛無い話をしている。
感情を表情に出すのはまだ全然出来ないようだが、それでも初めて会ったときよりも瞳が柔らかくなっている。ぎこちないけれど、時々微かに笑みを浮かべる事も出来るようになっていた。声にも気持ちを乗せる事が出来るようになったらしく、無表情だけれど楽しんでいることが分かる。
そういえば、と綱吉が以前から疑問に思っていたことを、冴弥に問いかける。


「冴弥さんはイタリアで育ったんですよね」
「ああ。それがどうした?」
「でも、冴弥って日本の名前ですよね」


急に生まれの話をされて多少驚いたものの、名前について聞かれたことで、ああ、と納得する。
ほんの少し辛そうに顔を俯け、言葉を紡ぐ。


「冴弥って名前は、俺が日本に行くってことが決まった時に九代目がくれたんだ」
「えっ?じゃあ…」


日本に来る前は?
そう言葉を続けられずにいると、そんな綱吉の心情を見透かしたかのように話し始めた。






◇      ◇






俺には名前を付けてくれる人なんていなかった。気付いた時はもう独りでいたし、仲間なんて作らなかったから、名前なんて特には必要なかった。
生きるために食べ物を盗んだり、風雨を凌ぐ為に他の連中がねぐらにしているところを避けて寝る場所を確保したり。
殺らなきゃ殺られる。 そんなところだったから、向かってきた奴は全部殺した。
持ってる服がそれしか無かったからそのまま殺してたら、いつの間にか『赤の堕天使』なんて呼ばれてた。
それを嗅ぎ付けたボンゴレが俺を勧誘してきて、別に断る理由も無かったからボンゴレに入った。
九代目に名前を聞かれたときは少し困った。名前なんて持ってないから。
けど、考えるよりも先に言葉が出てきた。


「俺は…リヴァル」


自分で付けた覚えなんてないし、誰かに名付けられた覚えもない。
でも、不思議と馴染んできた。此れが俺の名前なんだと、そう思った。


「九代目に日本名を貰った時からはずっとその名前を名乗ってたから、今じゃこっちの名前を知ってる人は少ないかな」


とりあえずはそういうこと。
その一言でこの話題は終了してしまった。


午後の授業が全て終わり、教室に戻ろうと腰を浮かせる。
冴弥はこのまま帰るというので最後に一言、背を向ける彼に言葉を投げかける。


「俺は、そのリヴァルって名前、結構好きです」


だから、そんな辛そうな瞳をしないで。
冴弥はゆっくりと振り向き、綱吉を優しく抱きしめる。


「ありがとう、綱吉」













魂に刻まれた名



(知らぬはずの己の名)
(それはきっと、)





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大変お待たせしました…!
リクエストをしていただいたのが4月の終わりだったので、一ヶ月お待ちしていただいたことに…(うわわ
マジすいません。本当に。

さて、いろいろと分かりにくい所があったと思いますので、軽く解説もどきをしようかと。
今回の時間軸ですが、短編の「闇に咲く、一輪の花」の約一ヶ月後のつもりです。
見ての(読んでの?)通り、名前ネタで御座います。
他に、分かりにくい所など御座いましたら、お気軽にお申し付けください。
って何キャラだよ自分。
とまあ、ぐだぐだになってきたのでこのあたりで退散します。
雅楽様、こんなくだらない物でよろしければどうぞお持ち帰り下さい…!