暴れる体を押さえつける。 力任せに殴ろうとしてくる恭弥の腕を掴みソファの上に縫い付けた。 睨みつけてくる目を見下ろし笑う。 「抵抗は無駄なだけです。それに、僕の言うことは素直に聞いていた方がと思いますよ? …まあ、痛い思いをしたければかまいませんが」 「やだ…っ!」 顎に手を添えようとしたら首を振って拒絶された。 断固拒否の姿勢を崩さない恭弥の顔に口を近付け、耳元で囁く。 「抵抗も、拒絶も無意味ですよ。ここには僕ら二人しか居ないのですから」 それでも諦めが悪いのか単なる意地なのか暴れるのを止めない恭弥を、僕は心の底からいとおしく思う。 大人しい人形のような恭弥よりも、こうやって僕のすることにいちいち反抗してくれる方が僕としては好みだし、抵抗を徐々に奪っていくのが楽しい。 「離してよ」 「まさか、正直に僕が退くとでも?逃げたければ逃げてもかまいませんよ。 …逃げられるのなら、ね」 そうは言っても、逃がすつもりは微塵もないのだけど。 恭弥がどう抵抗してくるかは知り尽くしている。それに対応し封じ込める術も知っている。 片手で恭弥の両腕を押さえつけたまま、空いた片手で僅かに上気した頬を優しく撫でる。 それだけの動作に恭弥は何かに怯えるようにぎゅっと目を瞑った。瞼の上に唇を落とす。 ぴくっと瞼が動いた。 「…こわいですか?」 「…」 表情ですべてを汲み取る。 「大丈夫です、すぐに終わります。僕に身を委ねているだけでいいんです。すぐに楽になれますよ」 柔らかい黒髪を撫でて、優しく促した。 「さあ…目を開けて」 強く閉じられていた両目が一度だけ震え、ゆっくりと開かれた。 光を吸い込む黒瞳が僕を見つめている。僕は彼を怯えさせないように、優しく微笑んだ。 「いい子ですね、そのまま」 僕はポケットから掌サイズの容器を取り出す。 それを見て恭弥が少し嫌そうな顔をする。 「やっぱり、しなきゃダメなの、それ」 「ダメです。君だって、後々痛い思いはしたくないでしょう?」 僕はその容器の蓋を開け、中身を振った。透明な液体がプラスチックの容器の中で小さく音を立てた。 それを逆さまにし、恭弥の眼前に掲げる。 咄嗟に閉じようとする目を指で押し止めて今更首を振って拒絶しようとする恭弥の両目に透明な液体を差し込んだ。 小さく呻き声を上げて恭弥は液体を目の端から零す。 涙のように頬を伝った液体を指で拭い取った。 「どうです?」 「目が開けられない…」 「瞬きして」 僕に言われて無理矢理目を瞬かせる。 そのたびに目から溢れた液体が筋を作った。 僕は恭弥の上から退いた。 ハンカチを渡すと恭弥はそれを顔に押し付けた。 泣いているようにも見える光景だが、現状としてはなんとも緊張感が無い。 「擦らないで下さいね」 「分かってる」 時折顔を上げてはぱちぱちと長い睫毛を震わせながら瞬きする。 その様子を眺めながら少しやるせない気持ちになって溜め息を吐いた。 「はぁ、なんだって君ほど強い人が目薬が苦手なんだか」 「いいでしょ別に。苦手なものは苦手なの」 今日の午後の授業にプールがあった。 ゴーグルを忘れた恭弥は裸眼のままプールに入ったのだが、授業後の目薬を嫌がった。 逃げて逃げて、応接室で追いつめて漸く抵抗を奪って目薬を投与したわけだが。 「まあ、君の可愛い瞳が充血するのは防げたわけですから、良しとしますか」 「なんで君だけ楽しんでるのさ。納得できない」 「否定はしませんが。これは必要悪というかですね」 「どうでもいいけど。 ねえ、我慢したんだから、ご褒美くらい用意してるんだろうね?」 挑発的な笑みの真意を汲み取り、僕は笑った。 たぶん、今日一番いい笑顔で。 「ええ、たっぷりと」 (一件落着?) END |