秒針が徐々に頂点へ近付いていく。


無意識に息を止めてその針を見つめていた。




そして、針は僕の見ている前で12を越して、同時に5月5日も終わった。



「……」



脱力。


身体を投げ出すように布団に倒れ込む。布団の冷たさがじわりと背中に凍みた。







誕生日だった。今日は。







もうそんなのに喜ぶ年でもないし、身内からのささやかな祝いの言葉を貰って、それ以外はいつもと変わらず普通に終わるはずだった。


でも、こんな時間まで起きて、時計の針を見つめていたのには他に理由がある。




理由が出来た。



「あの、馬鹿。何処で何してるのさ」



我ながら女々しくて弱くて馬鹿馬鹿しい理由だと自覚はある。


自分の中にこんな感情があったなんて驚きだ。




その感情のせいで、僕は変わってしまった。




「アイツのせいだ、なんで来ないのさ」




僕を変えた感情を植え付けた張本人であるアイツは、今日という日に限って姿を見せなかった。


いつもは呼んでもないのに応接室まで来るくせに。


そして何をするでもなく読書したり昼寝したり、堂々と授業をサボるくせに。


僕の前で。


なのに、どうして今日は姿を見せなかったのだろう。
なんで僕はアイツが来ることを期待していたんだろう。


「…馬鹿馬鹿しい」


本当に、嫌気が射す。
こんな感情なんて、アイツが来なくて寂しい、なんて草食動物みたいに弱くなってしまった自分を殺してしまいたい気分だった。






緑たなびく


並盛の〜…




校歌が鳴る。


携帯がチカチカと光って着信を知らせていた。


寝転がったまま携帯を引き寄せて発光するディスプレイに映った着信番号を見た瞬間、思わずその場に跳ね起きた。




出ようか出まいか少し迷ったが、結局欲求には勝てず通話ボタンを押した。


今日(いやもう昨日か)一度も会えなかった分、声だけでも聞きたかった。



「…」



何も言わずに携帯を耳に押し当てる。


相手の息遣いが聞こえて、アイツが近くにいるように錯覚した。



「…なに、何か用?」
『寝てなかったのか』



一日ぶりだというのに、相手の声は素っ気なくいつもと変わりない。


それにイライラする。
勝手に期待したのはこっちで相手には何の落ち度もないけど、これくらいの八つ当たりは許されるだろう。



「それがどうかした?僕が寝てなかったら不都合でもあるの?」



つい噛み付くような口調になってしまう。


電話口の向こうでアイツが笑う声がした。



『怒ってるのか?』
「怒ってない」
『ならいいが』



口数が少なく、必要以上のことは話さない。そんな性格だと理解していた筈なのにイライラした。



「なんで、君いつも通りなのさ」
『いつも通り?』
「――…もういい。
用件は何?寝てるか寝てないかの確認だけなら、もう切るよ」


『用件ならある』


「なに?早くしてくれる?」




『早く寝ろ』




ブチッ




僕は一方的に通話を切った。


携帯を投げて布団にくるまる。
少し暑かったから、風を通すために開け放していた窓の向こうには月が輝いている。白い光が眩しいから、目を瞑った。


アイツの言う通り早く寝るのは癪だったけど何もすることがない。


意地を張っても疲れるだけなのでさっさと寝ることにした。




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