赤、紅、朱、赫、緋、赭、赧、あか、アカ。
壁に飛び散り、そのまま重力に引かれて流れ落ちる。
流れ落ちたソレはやがて面積を広げていき、床の溝に入り込んで部屋中に広がっていく。
息が詰まるほどの鉄の臭い。閉め切っているために、逃れようなく部屋に満ちていく。
そのアカの中心に、2つのカタマリがあった。
元々は動いていたであろうソレも、今は微動だにすることなくその場に佇んでいる。
ぽたり、ぽたり、と銀色に光るソレから、アカイ雫が流れ落ちる。
アカに塗れた少年は、己の手にある銀色をぼうっと眺め、自らのようにアカに塗れたソレをぐっと握りしめた。


「僕が…やった」
「僕が…父さんを」
「僕が…母さんを」
「僕が…殺した」
「どうして、こうなってしまったんだろう」


ああ、そうだ。
僕と姉さんは、訳も解らずに父さんと母さんに殴られていたんだ。
毎日のように殴られていた。食事は普通に出たけれど、風呂は2人で30分以内と決められていた。
そして今日、姉さんが殺されかけた。父さんがナイフを握っていた。
母さんは父さんの横で、にやにやと笑っていた。いやな笑い方だと思った。
このままでは姉さんが殺されてしまう。そう思った時、僕は躊躇うことなく父さんからナイフを奪い、その胸に沈めた。母さんにも同じことをした。
血溜まりに倒れた父さんと母さんは、涙を流していた。


「ごめんなさい… ありがとう」


それが、父さんと母さんが残した、最期の言葉だった。
「ごめんなさい」は、僕達への謝罪だということは何となく判った。
ならば、「ありがとう」は何に対する感謝なのだろう。


「わからないよ…。父さん…母さん…」


父さんと母さんの涙の訳も、「ありがとう」の意味も、わからないよ。
僕は、まだ子供なんだから。大人のことなんて理解できない。
父さんと母さんの残した言葉の意味を、僕は血に塗れたまま、ナイフを握ったままずっと考えていた。






◇      ◇






「姉さん」
「何?修」
「僕はね、あの日からずっと考えていたんだ。10年間ずっと」
「…父さんと母さんの言葉?」
「そうだよ。そして見つけた気がするんだ。あの言葉の意味を」
「聞かせてくれるでしょう?」
「もちろん。…あれは、『自分達を止めてくれてありがとう』ってことだと思うんだ」













父さん、母さん



(今なら解る気がする)
(あの涙の意味が)