これは、夢だ。
上下も左右も判らない、光の中なのか闇の中なのか判らない、喩えるなら水の中にいるような、そんな感覚。静寂なのか、騒々しいのか、この手は何かに触れているのか、否か。判らない。
けれど、これが夢だということは、唯一解った。
暫くなんともいえない浮遊感に身を任せていると、ゆっくりと引っ張られているように感じた。それに逆らわずに、恐らくは下へと降りていく。ふわ、ともすた、ともいえる軽い着地をすると、そこは何処かの中庭のようだった。僕が着ているのは死覇装だし、雰囲気や霊子が満ちている事から、此処は精霊廷だと判断する。
しかし、夢とはいえ何故精霊廷なのだろうか。困惑が思考の停滞を促し、暫しその場で立ち尽くしてしまう。
そんな時、丁度僕の背後に位置していた邸から声が聞こえた。思わずそれに反応して振り返れば、僕と同じ死覇装を着た黒髪の男が立っていた。左腕には副官章を着けていることから、副隊長であることが判る。
驚いたのは、彼の容姿だ。髪や瞳の色は違えど、顔の貌はあのオレンジ頭の友人によく似ていた。
思わぬ衝撃に硬直していると、彼もまた僕を見て硬直していた。瞳を見開いて驚いているのは何故だろうか。


「…金晴眼(きんめ)か」
「…はい?」


ぼそ、と彼が呟いた声が耳に届き、思わず妙な声音で聞き返してしまった。彼の方も、まさか聞かれてしまうとは欠片も頭に無かったらしく、これまた妙な表情を浮かべていた。
彼が僕を見て硬直していたのは、僕のこの金晴眼(きんめ)のせいなのか?精霊廷に住む者にとっては、特に珍しいものでもないと思っていたのだが。
後ろ頭をがりがりと掻きながらあー、ともうー、とも取れない間延びした声で唸り、ちょいちょいと手招きするので、とりあえずは大人しく従って彼の隣に腰を下ろした。
そんな様子を見た彼が、名前の金晴色(きんいろ)の猫目も手伝って猫みたいだと感じたのは、此処だけの話だ。


何故かお互い何も話すことなく、どこか重苦しい沈黙が流れる。彼は随分と居心地の悪そうな表情の浮かべているけれど、僕から話題を提供するつもりはこれっぽっちも無いので、彼が喋らない限りこの沈黙は続くのだ。
しかし、僕としても非常に気まずい状況にあるといっていい。何故彼は、こんなにも一護によく似ているのだろうか。外見はもちろんのこと、内面もよく似ているように思う。彼も沈黙が続くのは苦手な部類だった。あー、だかうー、だか呻きながら、気まずそうに視線を彷徨わせるのは、一護と同じだ。
改めて見てみれば、やはり驚くほど似ている。二人を並べられて双子だと言われたとしても、少しも疑わずに「そうだったのか」と納得してしまうだろう。
そんな事を考えていたからだろうか、つい彼のこと凝視していた。ふと気が付けば、ばっちり目が合っていた。


「あー…俺の顔に何か付いてんのか?」
「…ああ、いえ。そういうわけではありません」
「じゃあ何さっきからガン見してたんだよ」
「友人にそっくりなんですよ」


少々拗ねてしまった様子の彼にそう言えば、一寸前の不機嫌などすっかり忘れて「己にそっくりな友人」に興味を示した。一護とは違う漆黒の瞳を輝かせながら、彼の方が年上だというのにまるで子供のように矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
一つ一つの質問に答えながら、今度はじっくりと彼のことを観察してみる。やはり、嫌という程似ていた。よくよく見れば、瞳の形は一護の方が大きいようだ。年の差だろうか。それに、どこか上に立つ人間であるといった雰囲気を感じる。
だが、その違いは一護と彼の年齢の違いが生み出す差異に過ぎない。年が同じだったなら、恐らくは違いなど無かったのだろう。


「そーいや、名前訊いてなかったな」
「ああ、僕は苗字名前です」
「俺は志波海燕だ。よろしくな、名前」













ありえるはずのない出会い



(そう言って彼が僕に向けた笑顔は、一護とは違っていた)
(けれどそれは当然のことだ。彼は、海燕は一護ではないのだから)