屋上の、どちらかというと隅の方に、ごろりと横になっている人影が見えた。さわさわと優しくそよぐ風が、彼のふわふわとした漆黒の髪を撫ぜていく。 男にしては長めの睫毛に縁取られたその瞳は閉じられていて、彼の かしゃん、と金属製のフェンスに寄りかかり、何をするでもなく彼の寝顔をぼうっと見つめる。 別にずれている訳でもないのだけれど、眼鏡のブリッジを押し上げる。この一連の動作は最早癖になってしまったのだ。 眼鏡を押し上げるために眼前にあった手を退けると、閉じられていたはずの彼の瞳が、彼の 思いもよらなかった彼の目覚めに、無意識に体が硬直する。 「授業サボるなんて珍しいね?雨竜」 目覚めたばかりのせいなのだろう。いまいち焦点の合わないぼんやりとした瞳でこちらを見やり、寝起き特有の掠れたテノールでへらりと笑ってみせた。 これが一般的にいうエロボイス、とやらなのだろうか。特に低い訳でもないのだが、何故か腰に響くのだ。そういう状況でこんな声を聞いてしまったのなら、確実に腰砕けになるのは間違いないのだろう。 ゆらりと上半身を起こし、寝乱れた髪を軽く掻き上げるように整える様は、一見無造作のようで優美さを感じさせる。 「何となくだ。藤代こそ珍しいじゃないか?一人で屋上にいるなんて」 「何となく、だよ」 動揺を隠すように訊かれた言葉に適当に応え、矢継早に質問を投げ返す。そんな雨竜の心理を読み取ったかのようにくすりと小さく笑い、慧斗は雨竜と同じ言葉で応えた。 まるで猫のような ああ、捕らわれてしまった。 かしゃん、とフェンスに寄りかかり、片膝を立ててもう片方を足を伸ばして座る。そんな慧斗の隣に、片胡坐で雨竜は座っていた。 その場を離れることは叶わず、慧斗に言われるままに隣に腰を下ろした雨竜なのだが、あれから慧斗は何も喋らない。 色素の薄い瞳に直射日光は辛いだろうに、そんなことはお構い無しにどこか虚ろな瞳で空を見上げている。 「ねえ雨竜」 「何だ?」 「子供が絵を描く時、大抵は太陽を赤く塗るけど、本当は何色なんだろうね」 「…は?」 唐突に慧斗が話しかけてきたと思えば、訳の判らない質問を返される。色々とぶっ飛びすぎてつい間抜けな声が出た。 そもそも惑星に定義された色などあるのだろうか。月とて青白く見えはするが、あくまでそう「見える」だけに過ぎない。太陽の赤は、熱を与えるもの、熱いものとして赤が一番イメージしやすいからなのだろうし。 宇宙から見た地球は青く見えるが、それは海が地球の7割を占めているからだ。残り3割の陸部分は緑なり茶色なりに見えるのだろう。 太陽は本当に赤いのか?それは否だ。だが、太陽の本当の色など、実際に見た事のある者などいるのだろうか。 慧斗の与えた疑問をきっかけに、くだらない思考が雨竜の頭を駆け巡る。今にも頭を抱えて悩み始めそうな程に深く考え込んでいた。 そんな雨竜を、慧斗は小さく微笑みながら見つめている。勿論、思考の海に溺れてしまっている雨竜はその視線に気付く事は無い。 空に視線を戻し、どこか満たされた表情で慧斗は小さく呟いた。 「君と一緒にいたいが為の戯言だけどね」 |