「おう、来たようじゃな」 「俺に会いたかったならお前が来ればよかっただろう。わざわざ珱姫を寄越すたあいい度胸だな」 「何じゃ、珱姫のこと心配してくれとるのか!」 「娘がほいほい出歩くような場所じゃねぇだろうが」 「なあに、お主を見つけるまではカラスが一緒にいたからな。心配せんでもええぞ」 「ほう。ならいいか」 寂れた場所にある割には豪奢な家屋に入り、珱姫に案内されるがままに奥へと進むと、宴会にでも使うのであろう広い部屋に着いた。何となくすぱーん、と勢いよく襖を開けると、中にいた大勢の妖達の注目を浴びた。遠慮なくずかずかと部屋に入り、ぬらりひょんの数歩前に立つ。 そうして出会い頭に交わした言葉は、珱姫のことだった。彼女を見、言葉を交わしたことで、彰子を思い出したのだ。彰子もなかなかの行動的な姫だった。何処と無く珱姫と彰子は似ていたのだ。ついつい過保護になってしまう。 一度会話が途切れ、沈黙が広間を包む。周囲の妖達が警戒する中、何事も無かったかのように名前はその場に佇んでいた。 「珱姫から聞いたかもしれんが、ワシはぬらりひょんじゃ。お主の名を教えてくれんかのう?」 「名前、だ」 何処か重苦しい沈黙を破ったのは、一番奥の上座に堂々と座っているぬらりひょんだ。自ら名乗り、名前に名を訊く。応えない理由も無いため、名前は素直にそれに応じた。 兄は白銀。髪が月光を受けて輝く様が大層美しかったために、そう名付けられた。己は名前。瞳が一族の中で最も濃く、深く、鮮やかだったために、そう名付けられた。 なかなかに気に入っているのだ、この名を。訊けば、 「名前、か…。なるほど、お主に似合いの良い名じゃの」 だから、嬉しかった。俺を、俺と 「っていうのが、俺と総大将の出会いってやつだな」 僕がじいちゃんと何処で会ったの、ってしつこくしつこくしつこーく訊いたら、名前が折れて教えてくれた。 別に隠すようなことではないと思ったんだけど、名前曰く「弱ってた時期」なんだって。昌浩君が見つからなくて焦ってた頃だって言ってた。 「あれ、話を聞く限りじゃあ名前は結構じいちゃんに興味があったっぽいけど…」 「ああ…言ったろ、暴れんの好きだって。つまりは、総大将とやりあってみたかったってことだ」 俺の一番は若だぞ、なんてさらりと恥ずかしいことを言って、名前はふわりと笑った。 本家に初めて来た時に僕を見て、一目惚れしたらしい。昌浩君が見つかって名前も執着するものが無くなったから、惹かれるがままに此処に残った。そういえば、名前は僕のことを構い倒して甘やかしまくってた。じいちゃんは名前の変わらなさに、名前はじいちゃんの変わりっぷりに驚いてた。 老いたじいちゃんに闘争心は湧かなかったそうだ。だから今では一緒にお酒を呑む間柄になっている。 「さっきも言ったが、俺は若に一目惚れしたんだよ」 それはもう愛らしい子供だった。くりくりした瞳、ふにふにした頬、ふわふわした髪。名前を惹きつけるのには十分すぎるほど魅力的だった。かつては兄である白銀より大切なものなどなかったのだが、リクオに出会ってからはその白銀への兄弟愛さえも上回っている。 名前の中でリクオの存在は、それほど大きなものになっていたのだ。 |