来たな、陰陽師。随分前の封印とはいえ、ここまで妖力が解放できるなら、多少なりと抵抗できるだろう。
それにしても、どうしてこれ程の妖力を解放できるのだろう。封印されたばかりの時はまるで人間みたいだったのに。この幾年かで妖力が高まったのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。


「俺を滅しに来たのか?陰陽師。神将を連れてるなんて、やるじゃないか」
「…お前、封印されてるわりには随分と元気だな」
「俺としては、退屈凌ぎができそうで嬉しいしね。なぁ神将、俺が封印されて何年経った?」
「…千年だ」


神将――この神気からして、恐らくは火将がそう言った時、俺は一瞬時が止まったように感じた。何とも形容し難い衝撃――例えるならば(いかずち)がこの身を襲ったかのような衝撃が、俺の体を駆け抜けた。
陰陽師が目の前にいるとか、俺は滅されてしまうかもしれないとか、そんなことは一瞬にしてどうでもよくなった。――千年。俺はそんなに長い時の中、白緋を一人きりにしてしまっていたのだ。
生まれてから十年しか経っていなかったというのに。十年など、妖から見ればほんの僅かな時間だ。白緋は生まれたばかりに等しいというのに。赤子同然の白緋を、千年もの間一人きりにしてしまった。千年もの間、白緋は俺を待っていてくれていたというのか…!


「白緋…俺は…」
「白緋…さん?に、会いたい?」


騰蛇の後ろにいた子供――陰陽師が俺に話しかけた。
何故、こいつは白緋の名を知っている?俺が白緋の名を出したのと、この子供が言葉を発したのはほぼ同時だ。


「夢を、見たんだ」


そして、俺の疑問に答えるかのように、子供は話し始めた。


暗闇の中で、声が聞こえるんだ。何て言ってるのかは聞き取れなかった。そして、目覚める直前に貴方の後姿が見えた。
二回目は、会いたいって言ってるのが聞こえたんだ。目覚める直前には、貴方のその緋色の瞳を見た。
三回目は、白緋に会いたいって聞こえた。その声がとても哀しそうに感じたんだ。そして、貴方の手足が鎖で繋がれてるのを見た。
そして今日、俺はこのことを占じたんだ。そしたら、貴方が此処にいると出た。だから来たんだ。


「だから、別に貴方を滅しに来た訳じゃなくて…ただ、会いに来たんだ」
「俺に…会いに」
「そうだよ」
「白緋に、会えるのか?」
「会えるよ。俺も一緒に探す」


だから、もう泣かないで?もう、苦しまなくても、哀しまなくてもいいんだ。
子供がそう言った時、俺は初めて自分が泣いていることに気付いた。泣いたのは生まれて初めてだった。
騰蛇が子供に向かって呆れたように溜息を吐き、子供が封印を解いた岩牢を破壊した。子供が牢に入り、騰蛇がそれに続く。その後ろにいた、恐らくは風将だろう。彼女はわたわたと慌てふためいていた。俺の前に膝をつき、枷に触れて呪を唱える。それを騰蛇がひとつひとつ外していった。


「俺は安部昌浩。貴方は?」
「…名前だ」
「名前、か…いい名前だね」


よろしく、と子供――昌浩は、立ち上がって俺に手を差し伸べた。
俺は、その手を躊躇うことなく取ったんだ。その時は白緋に会うためだったけれど、今は――






◇      ◇






「いいの?名前」
「構わないさ。俺が決めたことだ」


あれから一年。二ヶ月前に白緋も見つかり、俺は昌浩と共にいる理由がなくなった。けれど、この一年で俺は昌浩と共にいたいと考えるようになった。白緋は最初は反対してたけれど、俺が望むなら、と最後には折れてくれた。
俺は、昌浩の式に下ることを決めた。白緋はそうはしなかったけれど、どうやら俺がいるかぎり安部邸に居座るつもりのようだ。
正式に契約を交わした時、昌浩は俺に二つ名を与えると言った。


「朔弥」
「朔弥?」
「そう。貴方に初めて会ったのは弥生、その日は朔の日だった」
「それで、朔弥?」
「うん。俺はね、朔弥に初めて会ったあの日を忘れたくないんだ」


君にも、忘れてほしくない。だから、朔弥と名付けた。
そう言って、昌浩は笑ったんだ。













彼が僕を呼んだ日を忘れない



(俺もだ、昌浩)
(お前と初めて会ったあの日を、決して忘れたくない)