「ミルキとファーストネームはお兄さんになるのよ」 数え年でもまだ二桁に達しない、修行がまた一段と厳しくなった頃、唐突に母さんはそう告げた。どうやらまた妊娠したらしい。そういえば最近母さんの腹の膨らみが気になっていたのだ。太ったのかと子供心に思っていたのだが、違ったようだ。 三ヶ月なの、と母さんは嬉しそうに、愛しそうに膨らんだ腹を撫ぜていた。暗殺者としての表情ばかり見てきたせいか、まるで別人のように見える。こんな優しい表情にもなれるんだ、と唯々呆然と見ていた。父さんも優しげな表情で母さんを見ていた。 一般的な家庭ならば、これは普通の光景なのだろう。本来ならば、おれも喜びを示すべきなのだろう。けれどおれ達は、ゾルディック家は暗殺一家だから。人を殺す闇人形として育てられているから。普通の光景が異質なものに見えた。 ミルキも興味は全く無いらしい。せいぜい人が増えるんだ程度の認識しかしていないのだろう。馬鹿だし。あいつの脳内は食べ物で埋まっている。イル兄も特に関心は無いようだ。ふうん、と一言言葉を返しただけだった。ゼノ爺さんは少し嬉しそうにしていた。 「兄ちゃんになる、ね…」 正直なところ、興味はこれっぽっちも無い。今日の修行は後どれくらい残ってたっけ、とか、今日の夕飯の毒は何かな、とか、頭の中はくだらないことで埋まっていた。 けれど、ほんの少しだけ気になった。新しい命が生まれることは、そんなに嬉しいことなのか? 依頼されれば老若男女関係無く殺す暗殺者でも、生命の誕生は喜ばしいことなのか? 父さん達は、殺す方法は教えてくれたけど、生かす方法は教えてはくれなかったから。一体どうすればいいんだろう? 「基本的には関わらなくていいんじゃない?」 俺も愛称達が小さい時は、自分から関わることなんかしなかったし。 イル兄に訊いてみて、返ってきた答えはこうだった。赤ん坊の頃の記憶なんか無いけれど、確かにイル兄が自ら近寄ってきたのは話せるようになってからだった。こんなことを父さん達に訊くのは何となく憚られるし、ミルキ…馬鹿の返答なんかあてにならないしあてになんかしない。 参考に出来るのはイル兄の言葉だけ。…意見が偏りすぎて参考になるとも云い難いけど、おれもイル兄の考えと同じだから問題は無いと思う。 興味も関心も特には無いけれど、日に日に大きくなっていく母さんの腹を見る度に、何となく緊張が高まっているのが自分でも判った。 ゾルディック家御用達の医師が告げた予定日当日。順調に陣痛が始まり、母さんは別室に移って点滴を打ちつつ着々と事は進んでいった。 数ヶ月に渡って高まり続けた緊張のせいで修行に集中出来ず、こうしてそわそわしてる父さん達と一緒になって赤子が生まれるのを待っていた。二卵性とはいえ腐っても双子なせいか、ミルキも其処にはいた。そわそわしつつもチョコを食べているところを見ると、意地汚い奴だと思う。しばらくして、イル兄も来た。此処にいる人間の中では一番落ち着いていることから、父さんかゼノ爺さんあたりに呼び出されたらしいと推測する。ぱっと見た感じ、本当に興味があるわけでは無いようだが、一応気にはなっていたらしい。米どころか砂一粒分くらいだとは思うが。 落ち着かない雰囲気が漂う中、唐突に大きな泣き声が聞こえた。それに思わずびく、と肩を震わせた。何となく視線を彷徨わせると、どうやら皆同じ反応をしたらしく似たようなことをしていた。流石は血縁、家族だとぼんやり思った。 がちゃ、と扉の開く音に反応して視線を向ければ、医者が小さな布包みを抱えて出てきたところだった。 「おめでとうございます。元気な男の子です」 そう言って、真っ先に駆け寄った父さんにそれを渡した。どうやらそれが赤ん坊、おれの、おれ達の弟らしかった。そっと弟を抱えた父さんはそのまま顔を覗き込み、次の瞬間でれっ、と表情が緩んだ。敵には見せられないくらい緩んでいた。こんなんが当主でいいのかゾルディック。でも、ゼノ爺さんも目も当てられないくらい頬が緩んでるから、まあいいのだろう。見慣れないせいもあるが、こんなでれっでれの父さん達は正直気持ち悪い。きもい、ではなくて気持ち悪い、と表現していることから、この光景がどれ程不気味なのかを感じ取ってほしい。 ミルキの収まってきていたそわそわした動きが再発しているから、すごくうざい。イル兄が無反応なのは、多分おれ達が生まれた時も同じ反応だったからのだろう。 「ほら愛称、お前と同じ銀髪だぞ」 父さんが近付いてきたと思ったら、屈んで弟を見せながらそう言ってきた。ひょい、と覗き込んでみれば、確かにおれと同じ銀色の髪だ。 ふいに、ぱち、と閉じられていた瞳が開いた。零れ落ちてしまうのでは、思う位に大きなその瞳の色も、おれと同じだった。ばち、と瞳が合う。何となく逸らせなくてずっと見つめていたら、弟に興味があると父さんは勘違いしたらしく、抱いてみろ、と手渡してきた。赤子の抱き方なんて判らないから、父さんがそうしていたのを必死に思い出して抱える。想像していたよりもずっしりと重くて、これが命の重みか、とくだらないことを思った。 弟は何度かぱちぱちと瞬きをして、にぱ、と笑った。あうー、とか言いながらおれに手を伸ばしてくる。 「かわいい、な」 |