パドキア共和国のククルーマウンテン。といえば、かの有名な暗殺一家ゾルディック家の自宅である。山頂に聳え立つ城のような屋敷のある一室、そのテラスに彼はいた。
彼の名は、ファーストネーム。ミルキの双子の兄であるが、全くといって良いほどミルキとは似ていない。そもそも彼は父親譲りの銀髪だ。柔らかなそれを襟足部分だけ長く伸ばし、三つ編みにしている。短めな部分はふわふわと風に躍らせていた。翡翠色の瞳は、むしろ四男のキルアによく似ている。顔立ちも、どちらかといえばミルキよりもキルアとそっくりだ。
テラスの手すりに頬杖をつき、ぼうっと星空を見上げる。女性ならばうっとりと見とれるのだろうが、生憎ファーストネームにそんな感受性はない。いつもの見慣れた星空が目の前に広がってる。彼が感じるのは、精々そこまでなのだろう。


「愛称兄」


軽くトリップしかけていたファーストネームを呼び戻したのは、最愛の弟キルアだった。といっても、ファーストネームは腐っても暗殺者。キルアの気配にはもちろん気付いていたが、愛しの弟に警戒などするはずもない。
これがミルキなら即攻撃に移っていただろう。何せファーストネームはミルキが大嫌いだ。イルミだったなら警戒するだけだが。キルアは例外中の例外なのだ。
キルアがこの世に生を受けて、もうすぐ12年が経とうとしている。だが、キルアは一度もククルーマウンテンから出たことがない。それは、母親の137度くらいズレた愛情によるものだった。ファーストネームとしてもキルアを単独で外に出すつもりはさらさらないが、誰かと同伴ならば良いのでは、と考えている。


「どうした?キル」


そう考えていたとしても、ファーストネームにとっては自らの命よりも大切な弟だ。キルアが外に出るときは、必ず自分がついていくと決めていた。
父親と自分によく似たふわふわの銀髪を、優しく撫でる。そのまま抱き締めてしまうそうなほど、ファーストネームの表情はとろけきっていた。親馬鹿ならぬ弟馬鹿、つまりはブラコンだ。ファーストネームは否定することなく、その称号を自ら名乗っている。恐らく、彼の世界はキルアを中心にして回っているのだろう。
ひょい、とキルアを左腕に抱き上げ、室内へと戻る。後ろ手にガラス戸を閉め、レースカーテンをしゃっ、と閉じた。ぽふ、とキングサイズのシングルベッドにキルアを降ろし、その横にファーストネームも座る。すると、キルアはまるで猫のようにすりすりとファーストネームに甘える。そんな弟の態度が嬉しいのか、ファーストネームもふわりとキルアを抱き締める。


「愛称兄」
「んー?」
「俺、外に出たい」
「だーめ」


キルにはまだ早いよ?と言って、愛称兄は俺に微笑んだ。
そりゃあ愛称兄やイル兄(ミルキはどーせ大したことない)と比べたら、俺はまだまだ弱い。けど、強くなったのに。俺だって、外に出たい。殺し以外の目的で、自由に外に出たい。
そんな風にぶすくれてた俺の考えてることが予想できたみたいで、愛称兄は困ったように笑った。
俺を自分の膝の上に座らせて、後ろから俺を抱き締める。ちょうど愛称兄の頭が俺の右肩にきた。


「俺はね、キルがすっごく大事なの」
「…うん」
「だから、本当は外になんて出したくない」


愛称兄が俺のことを大事にしてくれてるのは、知ってた。カルトとアルカが生まれても、俺のことを一番甘やかしてくれたのは愛称兄だ。
だから、愛称兄を困らせたくはなかった。けど、やっぱり一回くらい外に出てみたいんだ。


「でも、ね。キルがどーしても出たい、って言うんなら、俺が一緒にいてもいいならいいよ」













さみしいって言わないよ



(いいの!?)
(もちろん。可愛いキルのお願いだからね)