「よう、オビト。また来ちゃったよ」 木ノ葉の印が描かれた旗の下に、沢山の名が刻まれた石があった。 額当てで片目を隠した銀髪の青年は、其処に刻まれた名の一つをすっ、とゆっくりなぞる。淡々としているようだったが、それはその名の者を悼んでいる行為だった。 どれほどの時が経ったのだろうか、やがてぽつり、ぽつりと雫が空から落ちてきて、それはだんだんと量を増していった。雨に打たれることを厭うことなく、青年はそこに立ち続ける。目元に落ちた雫が涙のように頬を伝っていったが、それが本当に雨粒だったのかは青年自身にも判らなかった。 「いつも遅刻すっから何してんのかと思えば、毎回此処に来てたのか」 ふと、背後から声が聞こえてきた。音も気配も無かったため一瞬警戒したものの、聞き憶えのある声に安堵する。 バレちゃったか、と思いつつも、別に隠していたわけではないから焦ることはなかった。背後にいるであろう紅い彼に視線を向けることも無く、ただ慰霊碑を見ていた。 ざっ、ぱしゃ、と草を掻き分け踏みしめ、その度に起こる水音が聞こえる。完全に消すことを止めたために僅かに感じる気配が、此方に近付いていることを知らせている。 ゆっくりと此方に近付いていた音が、ふいに止んだ。何となく気配を探れば、己の数歩後ろに彼がいることが判る。 「殉職した忍の名前が刻まれるんだってな」 サスケに聞いた、と彼は淡々と言った。俺に話しかけている風ではあるが、声音は何処か独り言のようにも感じた。 そういえば、彼もとある組織に属していると聞いた。犯罪者の集まりだと揶揄していたが、彼もこうして仲間の死を悼んだことくらいあるだろう。 「カカシ」 ふと、彼が静かな口調で俺の名を呼んだ。感情が込められていないようにも、感情が抜け落ちてしまったかのようにも聞こえた。 曖昧な声音で返事を返せば、先程と同じ口調で、少し間をあけて言葉が返ってくる。 「誰が死んだ?」 思わず振り返った。髪に付いていた水滴が遠心力に負けて地面に落ちる。それは降り続ける雨に紛れた。 何も言えずに、何も言わずに、ただただ立っていた。先程とは違って彼と向かい合わせであったが、何となく彼の顔を、瞳を見ることは出来なかった。 沈黙が痛かった、とかそんな阿呆みたいな理由じゃない。ただ、このまま放っておいたら消えてしまうんじゃないか、なんて思ってしまうほどに、今のカカシは儚かった。 だから、名を呼んだ。でも、その続きが出てこなかった。だから、考えるのをやめた。そうして口をついて出てきた言葉は、あまりにも無情な言葉だと思う。 今更後悔しても遅いけれど、らしくもない失敗をしてしまった。勢いよく振り返ったカカシの顔がなんとなく見れなくて、視線を俯かせた。 雨音だけが耳に入る。地上にいるもののことなどお構い無しに、空は涙を零し続けた。 「昔のチームメイトだよ」 ふと、カカシが言葉を発した。雨音に紛れて聞き取りにくかったが、俺がした質問の答えだとすぐに判った。そして、そいつのことをカカシはぽつりぽつりと話し始めた。 実力があったが故か、一匹狼だったカカシにチームワークということを教えたのはそいつだった。名はうちはオビト。サスケと同じ家系だ。つまりはサスケの親戚、ということになる。 俺と同じ年頃には既に世界大戦が始まっていたそうだ。カカシの部隊もまた、戦場に駆り出されていたのだ。戦闘中に左目が使えなくなり、片目だけの歪んだ視界ではどうしても限界がある。そんなカカシを身を挺して庇ったのがオビトだった。カカシの代わりに岩の下敷きとなったオビトは、自分がもう動けないと悟った。そして、己の写輪眼をカカシに託したのだという。 「だから、うちはのみが開眼するはずの写輪眼を持ってんだな」 「まあね…そういうことだよ」 「オビトを救えなかったこと、後悔してんのか」 「まあ…そうだね」 「後を追って死ぬことも考えたか」 「!…」 「それが自己満足だということも、解ってた。だからあんたはこうして生きてる。写輪眼を託した友を裏切りたくはないから」 「はは…冴弥君には隠し事出来ないね…」 「見てれば判るさ。解らなくても、判るんだ」 カカシにそんな顔をしてほしくてオビトは眼を託したわけじゃあない。来る度に辛気臭い顔してたら、あっちだって気が滅入るってものだ。何故そんな風になるのかは、俺には解らない。けれど、理解出来なくったって判っているのなら放ってはおけない。 どうせ会いに行くのなら、せめて笑っていてほしい。オビトだってそう思っているはずだ。 |