そして、全てが始まる | ナノ
弥代と真木野、二人のメイドを従えて冴弥は食堂へと向かった。時折すれ違う執事やメイド達は冴弥の姿を見つけるとその場に立ち止まり、深く礼をする。
冴弥は梶原家当主の子息ではない。しかし、梶原グループはボンゴレ傘下の一組織だ。九代目の庇護の元にいた冴弥は、屋敷に仕える者たちからすれば敬うべき存在だ。それに、彼はいずれ十代目ファミリーの幹部を担うことにもなるだろう。どちらを取ったところで、冴弥が彼らの上に立つべきだという事実は揺るがない。
厨房が裏口へと通じていることもあり、食堂は比較的屋敷の端の方にあった。執事たちも此処で食事をとるため、それなりに広い造りになっている。
冴弥の部屋は屋敷の中央部に近い。そのせいか、食堂へ行くためにはそれなりに長い廊下を歩き続ける必要があるのだ。屋敷自体が広いせいもあるが、使用人はみなこの屋敷で生活しているし、ボンゴレ関係のパーティーを此処で開いた場合、ファミリーの人間はそのまま泊まっていくことが多い。客室として用意されている部屋数の方が圧倒的に多いのだ。収容すべき人数が多いため、必然的に屋敷は大きくなっていった、ということになる。
長い廊下を抜け、ようやく辿り着いた食堂の扉を弥代と真木野が開ける。すると、中にいた者達は作業を止めて一斉に礼をした。


『おはようございます、冴弥様』


何十もの人数が一糸乱れずに腰を折り、声を揃える様はもはや芸術の域だと言っても過言ではないだろう。彼らはこれを練習している訳ではないのだ。自然とタイミングが合っているだけにすぎない。これもまた、冴弥の統率力の結果だと言うべきであろう。


「おう、おはよう」


ざっくりと挨拶を返し、テーブルの端に座った。数分と経たない内に朝食が運ばれてくる。朝はあまり食べない冴弥に合わせて、サラダが中心のあっさりとした軽食だ。
焼き立てのクロワッサンにかぶりつき、コーヒーでそれを流し込む。ざくり、とフォークをレタスに突き刺し、口に含んでもぐもぐ。シェフ自慢のドレッシングは、冴弥もお気に入りの味だ。


「冴弥様、本日の午後の予定はお決まりですか?」


これまた焼き立てのバターロールにジャムを塗っていると、弥代が手帳を片手に尋ねた。はむ、とバターロールに噛みつき、もごもごと口を動かしながら冴弥は小さく唸った。こくんと嚥下し、そうだな、と言葉にする。


「午後は綱吉のところにでも行くか。弥代、今日のパーティーは何時からだ?」
「六時頃に開始予定です」
「んじゃあ四時半には帰れば間に合うな。多分綱吉の家にいるだろうから、迎えはそっちで頼んだぜ」
「了解しました」


弥代は流れるようにさらさらと手帳に書き取った。ぱたん、と手帳を閉じてエプロンのポケットに滑り込ませる。彼女は大抵のものはここに仕舞い込むのだ。以前、このポケットからサブマシンガンのマガジンが出て来たのには、流石の冴弥も驚いたものだ。
食事を終えた冴弥は身支度を整え、紅いままの髪をスプレーで黒く染めた。黒いカラコンを付ければ、どこにでもいる容姿の整った高校生の出来上がり、という訳だ。
預けていた大して中身の入っていない薄っぺらな鞄を弥代から受け取り、車が止めてある正面の扉へと向かう。冴弥の通う学園までは結構距離があるため、車で通学しているのだ。とは言え、あの学園は上流階級の子息やお嬢様が数多く通っているので、車通学はさして珍しい光景ではない。むしろ、自分の足で通う生徒の方が珍しいだろう。冴弥はそんな生徒をまだ見たことは無い。
冴弥が車に乗ると、冴弥専属の運転手が静かにドアを閉める。彼は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。


「行ってらっしゃいませ、冴弥様」
「ああ、行ってくる」


冴弥はひらひらと手を振り、弥代は会釈で返す。それに倣って真木野も頭を下げた。やがて車は走り去っていく。
このいつもの光景も、これが最後になるとは誰も予想すらできなかった――








TO BE CONTINUED...





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