そして、全てが始まる | ナノ
梅雨に入ったせいかここ最近じめじめとした天気が続いていたが、今日は珍しく晴れていたので冴弥は早々に授業を抜け出して屋上に来ていた。
屋上に着くなり壁に背を預けて座り込み、煙草をくわえて火をつける。ゆらり、ゆらり、と空へ消えて行く紫煙を虚ろな目で見送っていた。


「ちゃおっス」


特に何をすることもなくただただ空を仰いでいると、背後から幼児特有の高い声が聞こえた。ちら、と視線を向けると、黒いスーツに黒い帽子の子供が其処に立っていた。首から下げられているそのおしゃぶりが、アルコバレーノであることを示している。


「何だ、リボーン」
「久しぶりだな、冴弥」
「…わざわざ挨拶するためだけにこんな所まで来たわけじゃないだろ」


感情の籠らない、どこか冷たい響きで問う。人形のような、機械のような、機械音声を無理矢理肉声にしたような、そんな響きだった。ふい、とすぐに視線を空へと戻してしまった冴弥に、リボーンはとてとて歩み寄りちょこんと隣に座った。


「まあな。お前、ジャッポーネで友達いねえのか?」
「…用件は」
「急かすなよ」


そう言って楽しそうに、しかしどこか裏があることを感じさせるような微笑を浮かべる。何となくそちらの方へと視線を移した冴弥は、その怪しげな笑みを見てしまった。こんな顔をしたリボーンに巻き込まれては散々な目に遭っているのだ。今回も今回とて、碌な事にはならないだろう。聞かなければ良かったと心底後悔した。


「ボンゴレ十代目候補に会ってみないか?」
「………………は?」


あっさりと告げられたリボーンの言葉に、冴弥はたっぷりと石化状態を保った後何とも間抜けな声を漏らした。咥えていた煙草がぽろりと落ちるが、はし、と空中で指で挟み取りする。
面白いものを見た、と言わんばかりの表情を浮かべ、リボーンはにやりと口端を吊り上げた。


「ボンゴレ十代目に会え」
「何でそこで命令系になるんだ」


リボーンが人の話を聞かないのはいつものことだ。思わず脱力して、動揺している心を静めるために紫煙を深く吸い込む。そしてふう、とゆっくり紫煙を空へ吐いた。


「行くぞ、リボーン」


煙草を靴裏に押し付けて消し、諦めたように立ち上がる。そんな冴弥の行動を見て、リボーンは口端を吊り上げた。


「何処へ行くんだ?」
「ボンゴレ十代目に会いに行くんだろ?」


目を眇め、諦めたように紫煙と共に言葉を吐き出した。


星華学園を有する町と並盛中を有する並盛町は隣町だ。だが、星華学園には大企業の重役の娘であったり、なんとか会の幹部の息子が通っていたりする。必然的に学園の敷地は隔離される。それ故に、星華学園から並盛中までの距離でいえば相当離れていることになるのだ。
公共機関を利用するつもりなど冴弥の頭にはこれっぽっちもなく、専属の運転手を即座に呼んだ。三十分もすれば並盛中に到着する。正門に停めさせ、冴弥はリボーンを肩に乗せて車から降りた。
ごく普通の公立中学校。それなりの歴史はあるのだろうが、名前の通り並な校舎を冴弥はぼうっと見上げていた。


「取り敢えず、屋上に行くぞ。アイツはいつも屋上で飯食うからな」


リボーンの言葉に従って屋上を目指す。授業中のせいか、誰にも会うことなく屋上に到着した。屋上の扉をくぐり、適当な場所に腰を下ろして冴弥は煙草を取り出し火をつける。ふう、と紫煙を吐き出しながら、空を仰いだ。
此処は星華学園ではなく、並盛中の屋上だ。けれど、違う場所から見ているはずの空も、こうして見ていると同じだ。それが、大空というものなのだ。


「しばらく待ってろ。そろそろ授業が終わる頃だ」
「ああ」


煙草を咥えたまま、何となくごろりと屋上の床に横たわる。視界一杯に広がる大空に向かって、言葉にはしなかった思いを紫煙に刻み、吐き出す。


(ボンゴレボス…大空を継ぐ者…か)
(大空と名乗るに相応しい奴なのか…見極めてやる)




彼に覚悟はあるのか。他者の物語を摘み取る覚悟が。
彼は護れるのだろうか。己の大切なものを。己の護りたいものを。
紅い少年に居場所を与えた大空のように、紅い少年の居場所になれるのだろうか。




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