そして、全てが始まる | ナノ
「やっと授業終わった…」


授業終了のチャイムが鳴ると途端に教室はざわめき始め、生徒達は昼食の準備を始めた。幾人かの女子生徒が机を集めて座り、笑い合いながら弁当を囲んでいる。
そんな中、ほけっと座り込んだままの少年がいた。午前の授業ですっかり気力体力を使い果たしてしまったようだ。


「十代目!昼飯にしましょう!」


少々魂の抜けた様な状態の少年を、銀髪の少年が昼食に誘った。そんな少年達の近くにいた男子生徒は、財布を握って何処かへと走り去っていく。


「じゃ、屋上行こうぜ」


いつも其処で食べているのだろうか、長身の少年が屋上へと促した。その際に銀髪の少年を引き寄せ、にこにこと笑顔で肩を組む。


「っておい!ひっつくんじゃねぇよ野球馬鹿!」
「ご、獄寺君落ち着いて!」


最早定番となりつつあるやりとりを交わし、三人の少年達は屋上へ通じる階段へと向かった。


食事も終わり、三人で言葉を交していると、ふいに可愛らしい声が聞こえた。


「ちゃおっス」
「リボーン!学校には来るなっていつも言ってるだろー!?」
「紹介したい奴がいるんだ」
「いーよ!どーせマフィア関係だろー!?」
(…よく叫ぶ奴だな)


リボーンが綱吉に話しかければ、まるで全てを否定するかのように叫んでいる。その様子を冴弥は給水タンクの陰に隠れて見ていた。


「まーまー。落ち着けよ、ツナ。全員が全員変な奴とは限らないだろ?」
「リボーンさんがわざわざ紹介したいとおっしゃっている方ですし、俺も興味があります。会うだけ会ってみたらどうでしょう?十代目」


山本が仲裁に入り、獄寺は自分も興味があるしとりあえず会ってみたらと促している。そんな二人の反応に綱吉は戸惑っているようだ。


「でっでも…」
「決まりだな」


戸惑う綱吉のことなどお構いなしにリボーンは結論を出した。


「ちょっ、俺の意見は!?」
「元々ツナに拒否権はない」
「じゃあ俺に訊いた意味あんのー!?」
「ないぞ」
「なっ」


端から聞いていればとても面白い光景なのだが、当の本人は魂の抜けたような表情をしている。そんな綱吉を放置し、リボーンは後ろの給水タンクに隠れている冴弥を呼んだ。


「つーことだ。出てこい、冴弥」


リボーンに呼ばれたため給水タンクの陰から姿を現し、リボーンの側に静かに降り立つ。急すぎる登場に目を見開く三人を横目に、冴弥は何事もなかったかのように煙草に火を点けた。
黒髪と栗色の少年は見覚えが無いが、銀髪の少年についてなら噂ぐらいは聞いたことがある。悪童スモーキンボムと呼ばれた少年。


「一匹狼って噂はデマか…?」
「!…てめえどこのファミリーだ。リボーンさんの知り合いってことは、十代目に危害を加える意思が無いと判断していいんだな?」


綱吉が絡むと、途端に頭が働かなくなるのは獄寺の悪い癖だと言えるだろう。リボーンと関わりがある時点でマフィア関係者だということは火を見るより明らかであり、リボーンが紹介するということは悪い意味で危害を加えることはないことがはっきりしているからだ。まあ、獄寺とてリボーンとの関係が長い訳ではないのだから、察することが出来ないのは仕方のないことではあるだろう。
警戒心剥き出しな獄寺に冴弥は紫煙と共に溜息を吐き、面倒くさそうに言葉を並べた。


「俺はリボーンに言いくるめられて十代目とやらに会いに来たんだ。傷一つ負わせる気はない。それに俺はボンゴレだ。《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》って聞いた事あるだろう」
「ちょっと待て!てめえがボンゴレってのはまだいい。だが《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》は紅髪紅眼の筈だ!」


冴弥が紫煙を吐き出しながら、飄々と答えたその内容に納得がいかないらしい。剥き出しの警戒心が敵意に変わり、眉間に皺を寄せて冴弥を睨み付ける。
そんな中会話に付いていけず、おまけに獄寺の様子に酷く怯えてしまっている綱吉がいた。綱吉のその態度に気付いているにも拘らず、さらっとスルーして会話を続ける。


「普段は髪を黒く染めて黒いカラコンを付けている。紅い髪に紅い瞳は目立ちすぎるから」


紅い瞳に銀髪ならアルビノって事でありかもしれないけど、と付け足して目を掌で覆う。その手が外された時、黒かったはずの瞳は紅く染まっていた。


「初めまして、俺は梶原冴弥。ボンゴレ所属のヒットマンだ。通り名は――《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》」


よろしく、と感情の籠もらない声で告げられる。
そういえば彼は、リボーンに呼ばれて出てきたときから感情を表に出さない――というより、まるで始めから感情を持たないかのように振舞っている。
その様子がつくったものではなく、本来そういうものだったのだと、直感的に綱吉はそう感じた。どこか冷静に彼の事を判断している己の隣で、正直驚きを隠せずにいる少年、かっこいいなぁなんて呑気に感じているマイペースな少年がいた。


「マジかよ…」


まさか生きてるうちに会えるなんて、と獄寺が小さく呟いた。どうやら幼い頃から彼の事を憧れていたらしい。だんだんと瞳が輝きを帯びてきている。


「おい、お前ら自己紹介しろ。冴弥が名乗ってんだから、こっちも返すのが礼儀だろうが」


それぞれ理由は違うが、同じ放心状態に陥っている三人に喝を入れた。いち早く覚醒することができた綱吉が慌てて名乗る。


「えっと、俺は沢田綱吉っていいます」
「これがボンゴレ十代目候補だ」


綱吉の自己紹介にリボーンが冴弥にとって重要な部分を付け足す。冴弥が軽く目を見張り、綱吉は慌てて否定した。


「この二人はツナのファミリーだ」
「初めまして!獄寺隼人といいます!あの《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》にお目にかかれるなんて光栄です!」
「俺は山本武っす!よろしく!」
「だからファミリーじゃなくて友達だって言ってるだろー!?」


綱吉にとってリボーンの二度目の爆弾発言に力いっぱい否定する。可哀想なことに綱吉は既に半泣き状態だ。
す、と冴弥は綱吉へと視線を向ける。しばらく半泣き状態の綱吉を見つめ、口を開いた。


「…そうか、お前が沢田綱吉か」


呟かれたその声は、まるで凍てつく氷のようだ。向けられたその視線が、酷く冷たい。びくっ、と綱吉は身体を振るわせる。周囲の温度が下がり続けているかのような錯覚をしてしまうほどの、絶対零度の瞳を冴弥は持っていた。


「お前は、」


温度を持たない、何の感情も感じない、そんな声で冴弥は問う。


「大切なものを護れるか」


綱吉の、覚悟を。








TO BE CONTINUED...





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