「大切なものを護れるか」 梶原冴弥と名乗った、紅い瞳をした彼にそう問われた。 俺は、その答えをまだ返せずにいる。 「たいせつな…もの…?」 何を訊かれたのか、分からなかった。 何故そんな事を訊くのか、分からなかった。 分かりたくなかったのかもしれない。 ただ、言われた言葉だけが頭を巡っていた。 「…お前には、覚悟があるのか」 気付けば、再び問いかけられていた。 どちらも、俺にとっては重い問いかけだった。 俺が答えられずにいると、リボーンが助け舟を出してくれた。 「俺がツナに会って半年も経ってないんだ。まだ覚悟もクソもねぇだろ」 そもそも、俺はマフィアのボスにはならないって言ってるのに。 どうして俺が、こんなに悩まないといけないんだ? 「何故…」 「え?」 小さく、冴弥さんの唇が震えたのが見えた。それと同時に何か呟いたみたいだけれど、聞き取ることができなかったから、無意識に訊き返す。 「何故、九代目はこんな小さな子供を十代目に選んだんだ…?」 そう呟いた冴弥さんの瞳には、虚無の闇が在った。 吸い込まれてしまいそうな程深い、闇が其処には在った。 「沢田綱吉」 「へ?え、は、はい!」 急に呼ばれて、反射的に背筋を伸ばして返事をしたせいか、声が裏返ってしまった。 さっき在った闇が嘘みたいに消えて、その替わりにあの冷たい瞳を俺に向けていた。 「次会う時までに考えておけ」 「え?」 「俺が訊いた二つの問い。その答えを用意しておけ」 此処に来る時はリボーンに連絡を入れておく、そう言って冴弥さんは屋上のドアを開けて行ってしまった。 静かな並盛の街を、冴弥は一人、彷徨うように歩く。特に行くあても無く、瞳には虚無を映し、ただ無心に歩を進めていた。 頭の中に残るのは、先程少年に投げかけた、あの問い。そして、その後の己の行動だった。 何故、己はあの時少年に猶予を与えたのだろうか。 少年の覚悟を訊き、答えられないのならその場でさようなら。そう考えていた。 なのに何故、少年に時間を与えたのだろう。 「期待…してるのか?」 あれほどまでにか細く、此方の世界では到底生きてなどいけなさそうな、あの子供に。期待しているというのか。 それとも、惹かれたのだろうか。怯えの中に隠れた、覚悟の光を灯したあの子供に。 人に期待をしたのは初めてだった。 人に惹かれたのは初めてだった。 あの子供には、人を惹きつける何かがあるのだろうか。 でなければ、あのスモーキンボムがあれほどまでの忠誠を誓うこともなかっただろう。 人に興味を持ったのも、初めてだった。 「沢田綱吉…調べてみるか」 あの後帰宅し、パソコンに向かって様々な情報を探し出した末に見つけた、一つの事実が在った。 それは、あの子供が初代ボンゴレの血を継いでいる、という事実。ボンゴレを継ぐことが出来るのは、ボンゴレの血を引く者だけという掟もあるのだ。それに反してまで九代目があの子供を選ぶとは考えにくい。恐らくは、唯一のボンゴレを継ぐ者なのだろう。 ふう、と詰めていた息を吐き出し、椅子の背凭れに体重をかける。 「初代の血を引いているとは…予想外だった」 あんな光を灯してみせたのも、その血所以なのだろうか。普段はダメツナなんて呼ばれているようだが、最近変わりつつあるようだ。いつもは見せない潜在能力でもあるのかもしれない。 「…らしくない」 今まで、全ての事に関わらずに無関心で過ごしてきたせいか、いざこうなってしまうと、己の感情のはずなのに対処の仕方が分からない。 己はあの子供に何を求めているのだろうか。 己はあの子供に何をしたいのだろうか。 頭の中がごちゃごちゃとしていて整理できない。 全てが初めての経験だった。 どうしたらいいのか、全てが分からなくなっていた。 |