そして、全てが始まる | ナノ
「覚悟…かぁ…」


あの不思議な人が去ってリボーンも姿を消した後、昼休み終了の時刻が迫っていたので急いで教室に戻った。そして何事もなかったかのように午後の授業を全て終え、獄寺と共に帰宅する。山本は部活があると言っていたので、先に引き上げたのだ。
玄関の扉をくぐって階段をのぼり自分の部屋に入ると、ベッドにダイブする。
そして、思考を巡らせる。
己にとっての覚悟を。


そもそも、自分にはマフィアのボスになる気などさらさらない。リボーンや周囲が勝手に担ぎ上げているだけだ。
何故、自分がこんな事で悩まなくてはならないのだろう。


「ていうか、あの人何者…?」


綺麗な紅い瞳を持った、独特の雰囲気を持つ人だった。獄寺がいうには、その髪も紅いらしい。あの冷たい瞳を思い出してしまい、無意識に身を震わせる。けれど、同時にあの闇を映した瞳も思い出した。
実際には己と2つ程しか違わないであろう彼が、何故あれ程の虚無の闇を瞳に灯したのだろうか。
何故、あんなに寂しそうな、辛そうな瞳をしていたのだろう。


「リボーンが帰ってきたら、訊こう。あの人の事」



紅い瞳の彼――梶原冴弥についての事を、リボーンに問い詰めた。
ほんの少ししか教えてくれなかったけれど、冴弥さんが普通じゃないって事は嫌でも分かった。


ボンゴレに入る前からフリーの殺し屋として、裏社会で生きていた。《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》というのは、その頃からの通り名だったらしい。
その通り名の由来は、任務をするときはいつも背中に大きく十字架が描かれたジャケットを羽織り、任務が終了した彼は全身に血を浴び、その十字架すらも血で紅く染まっていたその姿からつけられたそうだ。十字架はそのまま神を意味する。そんな神の象徴である十字架を血で穢すその姿は、まるで堕ちた天使のようだ。
紅に染まった、堕ちた天使。故に、《赤の堕天使(ロッソアンジェロカドゥート)》と。


ボンゴレが彼を引き入れたとき、彼はまだ7歳だった。しかし、彼は既に5歳の頃から殺し屋として名を馳せていた。そのまま五年間を彼はボンゴレで過ごし、12歳になった彼は九代目の計らいで日本へ飛んだ。
ボンゴレの一組織である梶原グループに彼の世話を任せ、今に至るらしい。とはいっても、日本での任務は殆ど彼が片付けていたそうだ。


「何つー恐ろしい人だ…!」


今さら、訊かなければ良かったと後悔しても遅い。まさか此処まですごい経歴を持った人だなんて、思いもしなかった。
そして、湧き上がってきた疑問をぶつける。


「冴弥さんって、ずっとあんな瞳してたのか?」


問われたリボーンは、くいっと口端を吊り上げる。


「どーしてそう思ったんだ?」
「や、だって…屋上にいた時もずっとあんな瞳してたから…。すっごく冷たくて暗くて感情を知らない、まるで闇そのものみたいな…」


リボーンは俯いてしまった綱吉を見やる。
この短期間で此処まで成長するとは、正直予想もしていなかった。あれだけ関わりたくないと豪語していたというのに、こうして冴弥について質問している。少なからず、冴弥が与えた問いに自分なりに応えようとしているのだろう。


「その事については、俺もよく分かんねーんだ」


冴弥について、分かっていることは非常に少ない。特に、ボンゴレに入る前の情報はほぼ無いに等しい。
分かっているのは孤児だという事と、九代目が拾ったのは貧民街(スラム)だったことから、貧民街(スラム)育ちだったのだろうという事だけだ。


「そうなんだ…」


そう呟き、綱吉は顔を俯ける。
一体彼に何があったのだろうか。あんなに冷たくて、暗くて、辛そうで、哀しそうな…そんな瞳をしていた。


「…あれ?」
「どーした?ツナ」


何か考え込んでいると思っていたら、急に顔を上げて声を漏らす。
リボーンに顔を向けて、たった今湧き上がった言葉をぶつける。


「冴弥さんのあの瞳…。多分、辛くて苦しくて…哀しくて…だからあんなに冷たい瞳をしてるんじゃないか?って…思ったんだけど…」


自信がないのか、だんだんと小さくなっていく声が告げた事は、リボーンにとっては想定外だった。
まさか、あの瞳を哀しみだと言うとは思ってもみなかった。思わず綱吉を見つめると、その瞳には覚悟の色が見て取れた。


「…ツナ。覚悟は出来たか」
「…うん、一応」


そう呟いて、頼りなく笑った。




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