そして、全てが始まる | ナノ
冴弥と綱吉が情報の上でお互いを知ってから、一週間の時が過ぎ去った。あんな事を言った冴弥だったが、正直あまり期待はしていなかった。あれだけボスになること、というよりマフィアと関わる事を拒絶していた少年が、果たしてどんな覚悟を決めたのか。
どう答えるのかは気になるが、やはりあの少年が自分の上に立てるような器だとは、どうしても思うことが出来なかった。

綱吉は、冴弥がいつ連絡を寄越してくるのだろうかと毎日ひやひやしていたのだが、音沙汰がまったくないので緊張感が抜けかけていた。完全に答えが出た、というわけでもないので冴弥に言ったところで納得してくれるかはむしろ皆無に等しい。どうせならさっさと言ってしまってこの不安を掻き消してしまいたい。
そんな事を考えながら、綱吉はもそもそと昼食をほおばっていた。


「ちゃおっス」
「うわあ!な、なんだよリボーン!てゆーかいきなり現れるな!」


ふいに横から幼児特有の高い声が聞こえた。普段から神出鬼没なうえに、心此処に在らずな状態で急に声が聞こえれば誰でも驚くだろう。
そんな綱吉にはお構いなしに、グッドニュースだと告げる。


「グッドニュース…?」
「今日冴弥が来るぞ」
「へー、冴弥さんが…ってえええええぇ!」


それ全然グッドニュースでもなんでもないだろ!
さっさと来てほしいとは思ってたけどこんないきなり来られても困るって!
しかも何か獄寺君は目ぇキラキラしてるし、山本は何も分かってないし!


「随分と汗をかいているみたいだが、今日はそんなに暑いか?」
「ってぇいつのまにー!?」


あの後しばらく落ち着かないまま自分でも訳の分からないことを叫んでたら、リボーンに「うるせぇ」と蹴られてしまった。
ようやく落ち着きを取り戻し空気が静まったとき、冴弥がゆっくりと言葉を紡ぎ始める。どこかためらうかのような、今までの冴弥ならば決して見せなかった雰囲気を醸し出しながら、言霊が響く。


「お前の覚悟を…訊きに来た」


その瞳は相変わらず闇を映していたが、ほんの僅かだけれど、闇とは違う何かを灯していた。この一週間で、彼は何かを見つけたのだろうか。
覚悟…なんて、かっこいい言葉で括れる程のものではないけれど。


「答えは…用意してきました」


彼が欲しい答えではないかもしれないけれど。
こんな言葉で納得してくれないかもしれないけれど。


「俺は…ボスになるとかならないとか…そんなのはどうでもいいんだ」


そう…俺はただ、皆と一緒に。


「獄寺君や山本、京子ちゃんにハル、イーピンとかランボとか…リボーンと。ただ一緒に笑い合いながら過ごして行きたい…」


ただ、それだけなんだ。


その言葉を聞いた冴弥は、驚きに染まった瞳を見開いた。
皆と一緒に。ずっと独りで生きてきた冴弥にとって、それがどんなものなのかなんて分からない。けれど、綱吉にとっては此れが一番の『たいせつ』なのだという。なんて綱吉らしい…優しい覚悟。
いつのまにか、冴弥の頬に一筋の涙が流れ落ちた。


「うわわっ!え、お、俺何か変な事言いました!?」


マフィアは嫌だと豪語していた綱吉。己はそのマフィアだというのに、こんなにも心配してくれる。
ああ…。何て優しい子だろう。


「沢田綱吉」
「ふあ!?は、はいぃ!」


面倒だから濡れた頬はそのままに、少年の名を呼ばう。足元に跪き、その手を取った。少年が持っている、人を惹きつける何か。己も惹かれたそれは、今ならなんとなく分かる気がする。
その優しさ故にこれから大変になるとは思うが、その時は己が護ろう。


「梶原冴弥の名をもって、沢田綱吉への忠誠を此処に誓う」


言葉は言霊だ。己が紡いだ言霊を身の内にしっかりと刻み、誓いの印に綱吉の手の甲に口付けを落とす。外野が少々五月蝿い気もするが、そんなことは気にはしない。
金魚のように口をぱくぱくさせている綱吉に、今己が出来うる限りの笑顔を向ける。周りには、口端をほんの少し吊り上げただけにしか見えないのだろうが、冴弥にとっては此れが精一杯の笑顔だ。


「俺はお前を、次期ボンゴレだと認める。何かあった時は俺が護ろう。
…よろしく、綱吉」













闇に咲く、一輪の花



(ああ、闇ばかりを映していた彼の笑顔)
(それはまさに、)




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