そして、全てが始まる | ナノ
不思議な人だと、彼を思い出す度にそう思っていた。
知識としては幼い頃から知っていたけれど、実際に会ったのは15歳の時だった。もう少しでボンゴレを手に入れられる、そんな時に乱入してきた。
通り名をその身で体現しているような紅い髪に、同じく紅い、凍るような瞳。正直彼には勝てそうにはないと思っていたのに、ボンゴレが力を手に入れると傍観体制に入ってしまった。
ボンゴレに負け、目覚めた時は既に復讐者の牢だったから言葉を交わすことも無かったけれど、次会うことがあったなら話してみたいと思っていた。






◇      ◇






「改めまして、六道骸です」
「どーも。知ってるだろうが、梶原冴弥だ」


ごたごたした事が全て片付き、綱吉がボンゴレ十代目を襲名してから一月が経った。当時は14歳だった綱吉達は18歳を迎え、冴弥は20歳となったある日の出来事だった。
骸はまだ復讐者の牢から出られず、クローム髑髏――凪を通して守護者の任を果たしている。
思えばまともに自己紹介や会話も無く、お互い名を知っているだけの関係で過ごしていたのだ。どうせならこの際に少しばかり話しておこう、という考えの元、こうして今さらな自己紹介をしているのだった。姿を実体化すると負担が大きいため、見た目は凪、声は骸というなんとも違和感溢れる状態で会話をすることになった。
ちなみに冴弥は皆がクロームや髑髏と呼ぶのに対し、一人だけ凪と彼女の本来の名を呼んでいる。


「それにしても、美しいですね、貴方は」
「…そういうのは女に言ってやれ。俺は言われたところで嬉しくもないぞ」
「本音を言ったまでです」
「…犬も千種も変わってるが、一番変わってるのがお前だな。手に負えん」


エストラーネオの奴は皆こんなんだったのか?
つい言いかけたその言葉は無理矢理押しとどめた。随分前の事とはいえ、触れては欲しくないだろうと考えたのだ。そもそも、エストラーネオの生き残りは骸、犬、千種の三人だけだ。


「このマフィアの世界で生きている人間に、普通を求めるほうが変わってますよ。貴方だって普通とは言い難いですしね」


…相変わらず痛いところをついてくる奴だ。


その日は二人とも任務は入っていなかったため、時間を忘れて他愛ないことを話していた。
お互いに過去には良い思い出など無いせいか、自然と綱吉がボンゴレ十代目を襲名してからの話題となった。あの時はこんなことがあった、そういえばこの瞬間は危なかったな、とかそういった具合だ。時々骸と凪が頻繁に入れ替わるものだから、冴弥としては少々慌てることもしばしばあったのだが。


「さてと。随分と長い間話し込んだな」
「ええ、そうですね。大分日も暮れてきたようですし」


ふと、時計を見やった冴弥が、伸びをしながら何気なく呟く。そんな冴弥の様子を見て取った骸は、視界に入った窓から見える空を見た。
昼食をとってしばらくしてから話し始めたので、ざっと五時間程話していたことになる。よくもまあこんな長い時間喋ってられたな、なんて冴弥は思う。


「では、僕はこの辺で失礼します。今日はどうも有難う御座いました。…これからも、クロームのことよろしくお願いしますね」
「ああ、じゃあな」


暇になったらまた出て来いよ、と言うと、僕はいつでも暇ですけどね、と言って凪の中から出て行った。
次に目を開けたときは凪だったし、骸の気配が消えているから、意識を己の身体に戻したのだろう。


「今日は楽しかった。ありがと、冴弥」
「いや、凪が楽しめたなら、それはよかったよ。骸も暇つぶしにはなったろうしな」


じゃあまた、と凪と別れ、冴弥は自室に戻った。


「ふう…」


部屋のドアを閉めてそのままもたれかかり、煙草に火を点ける。凪といるときは、いつもなるべく吸わないようにしているのだ。


「変わった、な…」


呟かれた言葉は、先程まで言葉を交わしていた彼に、向けられたもの。
彼のことは情報の上でしか知らなかったし、まともに会話したのが初めてだが、それでも彼は変わった。少なくとも、他人を見る目は変わってきたように思える。今では凪を労わる様子も、時々見受けられるのだ。
人はそう簡単に変わらないし、変われない。これは冴弥の自論だ。実際、冴弥は15歳の時に綱吉に出会うまでは、何一つ変わらずに生きてきた。
しかし、綱吉に影響されたとはいえ、全てが変わった訳でもない。変わることが出来たのは、ほんの僅かな部分だ。一番他人からの影響を受けにくいタイプだと思っていた彼が、この数年間で変わることが出来た。
復讐者によって、外部からの接触を一切遮断されていたというのに、だ。


「やっぱり綱吉の影響が強いのかな」


凪を通じてとはいえ、こちらとも何度かコンタクトは取っていたのだから、その時かもしれないという推測はたてることができる。しかし、そうだとしても、それを積み重ねて数えてみればそれがほんの少しの時間だということが分かる。
沢田綱吉、という存在そのものが、ヒトを変える力を持っているのかもしれない。


「あいつらも、変われるのかな」


そう思いを馳せるのは、かつて己が飛ばされた世界に生きる人。光の中で生まれ育ち、やがて闇に呑まれていく…。強いようでとても弱い彼ら。
様々な思いのすれ違いから幾人もの大切な人を失い、それでもなお、戦い続ける。
何かのはずみで此方に戻ってきてからは、一度も会っていない。
彼らは未だ、戦い続けているのだろうか。
孤独に耐え切れず歪んでしまったあの御子は、変わることができたのだろうか。
偽りを身に纏い、偽りの中で生きてきた彼らは今、どうしているのだろう。


「…綱吉に会えば」


救われるだろうか。
纏っていた偽りを捨て去り、己が真実を晒してなお、苦しみから逃れることができるのだろうか。
完全には無理だとしても、彼らの深い傷を癒すことの出来る人を、己は知っている。
闇に囚われた彼らに手を差し伸べることのできる、一筋の光を。


「あいつらに会いたいな。そして、会わせてやりたい」













闇に差し込む、一筋の



(見せてやりたい。彼の笑顔を)
(俺にとってもそうだった。あの笑顔は、)