そして、全てが始まる | ナノ
「お前は何を知ってる?」






◇      ◇






今日は任務もなく暇を持て余していた。目的もなくただぶらぶらと里を歩いていて、見つけた紅。たった今甘味屋から出てきた彼は、俺と同じで目的なく歩いているように見える。ちょうどいいから修行でもつけてもらおうと、視線の先の彼に近付いた。
思っていたよりも、あっさりと彼は了承してくれた。手頃な場所へ移動する彼の後ろについていく。森の中ほどの少し開けた場所で彼は止まった。木に背を預けると、一服させてと言って煙草に火を点ける。ゆらゆらと空へ消えていく紫煙。俺はその香りが嫌いではなかった。
粗方が灰となり、彼はふう、と紫煙を吐き出す。そのままの状態で五秒程経ったか。彼はその場に煙草を残し、一瞬で俺との間合いを詰めた。俺はそれを寸前で回避する。ほんの少しでも油断していれば、今彼が手にしている刃に貫かれていただろう。


「いい動きだ、サスケ」


一瞬たりとも気を抜くな。
その言葉と共に彼はナイフを投げ、それを追うようにして間合いを詰めてくる。俺はクナイを握り締めるが、ナイフを弾こうとはしない。一度後方へ跳び、真後ろにあった木を蹴って左へ移動する。ナイフは木に刺さるが、冴弥は回避した俺を追いかけてくる。
今回はどれくらい冴弥から逃げられるだろうか。



「捕まえた」
「はっ…ち…くしょ…今日は、ここまで…か…」


あれから、およそ一時間半が経ったころ、サスケは冴弥に捕まった。汗はだくだく、呼吸も乱れて苦しそうに酸素を取り入れようとしているサスケに対し、冴弥は余裕綽々だった。息一つ乱れておらず、汗一つかいていない。けれど、これでもサスケは強くなっていた。
初めて彼に修行をつけてもらった時は、二十分足らずで捕獲されてしまったのだ。それと比べれば随分と成長したといえるだろう。冴弥は四割程しか実力を出していなくても、だ。


「相変わらず…余裕っ…だな…っはあ…」
「余裕だからな、実際。3つ下の餓鬼相手に本気出すようじゃ、今頃死んでる」


息も絶え絶えなサスケの言葉に、前半はふわりとした微笑みで、後半は冷たい微笑みで答えた。
冴弥は物心付く頃には既に両の手を血で紅く染めていた。サスケと同じ年の頃はファミリーの中でも1、2を争うほどの実力を持ったマフィアだったのだ。たかが下忍ごときに本気を出して戦わなければならないようならば、殺し屋失格だ。


「まぁ、最初に比べりゃましにはなったか」


未だに息の整わないサスケのことは放置し、この一時間半のサスケの動きをふり返る。
気配の消し方、足捌き、体捌き、移動の際の重心のかけ方、武器の使い方、フェイント、罠の仕掛け。どれを取っても、最初に比べて随分と洗練された動きが出来るようになっていた。
だが、冴弥に言わせれば「まだまだ」らしい。この程度では、裏社会では生きていけないのだという。
甘ったれるな、と冴弥にはよく言われた。
たかがDランクの任務でも、やろうと思えば修行の一環になるらしい。曰く、塵も積もれば山となる、だそうだ。


俺は、トップの成績でアカデミーを卒業した。自惚れていたんだ。俺は自分の力を過信しすぎていた。波の国で白と戦って痛感した。大して年も変わらないのに、傷一つ付けることすら出来なかった。
冴弥に会って、あいつの戦う姿を見て、恐怖した。3つ年が上なだけなのに、あのカカシを圧倒していた。直接対峙したわけでもないのに、立つことすら儘ならなかった。
冴弥の過去を聞いて、冴弥の実力を見て、俺は思った。知らなすぎたんだ、俺は。うちは一族だから、って、傲慢すぎたんだ。けど、冴弥は俺に言った。


「お前はまだ強くなれるよ」


いい瞳をしている。それを忘れるな。
そう言ったんだ。


「でも、憎しみは捨てたほうがいい」
「何故だ?」
「憎しみは新しい憎しみを呼ぶ。その鎖を断ち切ることは出来ない。赦せ、と言ってるわけじゃない。赦すことと、憎むことは違うんだ」


どうか、解ってほしい。













僕は世界を知った気でいたんだ



(そんな傲慢な俺を、彼は正してくれた)
(けれど、この憎しみだけは、)