いつものように任務を片付け、火影様に報告をした後に帰路につく。 任務の時に浴びた返り血を洗い流す為に、その時はなんとなく服を着たまま頭からシャワーを被った。ざああ、とまるで雨のように叩きつける水流が、付着していた血を溶かして流れ落ちた。 足元に擬似的な血溜りができ、それは排水溝に吸い込まれていった。 いつの日からか、任務の後にこうやって何も考えずに頭からシャワーを被るのが当たり前になっていた。無意識の内に流れに組み込まれていたこの行動に、俺は一体何を求めているのだろう。まるで禊ぎをしているようだ、とシャワーに打たれながらぼんやりと思った。 そして、何て名付ければ良いのか判らない思いを胸に抱いて、僅か数刻の間眠るんだ。 「あれ、シカマルじゃねえか」 「…冴弥さんっすか」 「任務はどうした?」 「今日はもう終わりっすよ」 本日の任務も終了し、里内をぶらぶらと当ても無く歩いていると、前から紅い髪の非常に目立つ青年が声をかけてきた。最近訳ありで木ノ葉にやって来た梶原冴弥だ。容姿端麗、成績優秀、武道の心得もあり恐ろしく強いが、アスマ以上の愛煙家である。 いつかのAランク任務以来、碧闇――ナルトが暗部に引き入れようと色々画策しているのは、此処だけの話にしておこう。 シカマルが暇なのを見て取った冴弥は、ならちょっと付き合えよ、と踵を返した。拒否権を行使することも許されなかったシカマルは、溜息を吐きつついつもの口癖を呟き、至極だるそうに冴弥の背中を追った。 冴弥に連れられて着いた場所は、火影が冴弥に用意したアパートの部屋だ。ちなみに、冴弥の隣の部屋に住んでいるのはナルトだったりする。当初は監視がしやすいだろう、と考えてナルトの隣にしたのだが、今ではただのお隣さんだ。 室内に入れば、生活用品は必要最低限しか置かれていなかった。折り畳める小さなテーブルの上には、様々な銘柄の煙草がそれぞれ1箱ずつ置かれていて、恐らくは気に入ったのであろう1種類だけ1ダース分あった。部屋の隅に置いてある小さな棚には、アカデミーから借りてきたのであろう本が数冊あった。どれもジャンルはバラバラだ。 冴弥はからりと窓を開けて窓枠に座り込んで1箱のみの種類の煙草を手に取り、フィルターを銜えて慣れた手付きで火を点ける。紫煙を吸い込んだ瞬間にぴくりと眉間に寄せられた皺から、その銘柄は好みではないことが窺い知れる。 「シカマル」 「んー?」 「一本吸う?」 「普通に煙草を勧めるな」 恐らくはさっさと片付けてしまいたいのだろう。さらりと勧められるが流されずに即座に断ると、ぶー、と冴弥は不満の声を上げた。顔立ちが整っているだけあって、他人がやらかしたら阿呆な行動も許されてしまう。自称イケてねー派のシカマルは、自分がやったら物凄く気持ち悪いんだろうな、なんてくだらないことをぼんやりと思った。 暫しの間、ゆったりとした沈黙が流れる。何をするでもなくぼうっとしているこんな時間が、シカマルはお気に入りだった。 「シカマル」 先程と同じように、冴弥が声をかける。けれど、何処か声の響きが違って聞こえるのは気のせいなのだろうか。直感でそれを感じ取ったシカマルは、しかしあえて先程と同じように言葉を返す。 そんなシカマルに、冴弥は少々躊躇うように、けれどきっぱりと言ってみせた。 「お前、後悔してるのか」 何を言っているのか、最初はまったく解らなかった。けれど、冴弥が何を指してそう訊いたかなんて判ってる。 後、悔?俺は、後悔、しているの、か? 自分が暗部の総副隊長としてこの手を血で染める事を、俺は後悔しているのだろうか。考えたことも無かった。ほんの少しも疑問に感じた事すらも無かった。これほどまでに感情が纏まらなくなったのは初めてだ。 俺が混乱しているのが判ったのか、冴弥は少し躊躇いながら口を開いた。 「お前、裏の任務明けの時、少し瞳が虚ろなんだ」 気付いてなかったのか、と呟き、灰皿に短くなった煙草を押し付ける。 いつも見る度に、気にはなっていた。ナルトは気付いていたようだが、恐らく他は誰一人知らないだろう。最初は寝不足か何かだと思っていた。けれど、すぐに違うと判ったんだ。 ファミリーにも何人か、あんな瞳をした奴らがいた。つい先日、初めて殺しをしたって奴らばかりだった。そいつらはシカマルよりも状態は酷かったが、流石に二年程経てば慣れてくる。それでも、時々瞳の奥の光が消える。そういう時のあいつらの心の中は後悔で埋め尽くされていた。割り切れずにいた優しい奴らだった。 「割り切れ、なんて言わない。心を殺せとも言わない。 だが、けじめはつけておけよ。いつまでも引き摺ってたらそれが命取りになる」 「けじめ…か」 覚悟はしていたつもりだった。ナルトに暗部に勧誘された時から、普通は捨てたはずだった。 覚悟とけじめは違うものなのだろうか。 「俺はな、シカマル。生まれてすぐに両親にスラムに捨てられた。所謂捨て子ってやつだ。 初めて人を殺したのは4歳の時だ。俺を殺そうと向かってきた奴のナイフを突き返した。その後も人を殺し続けてきた」 俺にとって「人を殺める」というのは生きる術となっていたんだ。自らが生き延びるために重ねた罪。だがそれは俺にとっては当たり前のものだった。殺すことが日常だったんだ。己から血臭がするのは至極当然のことだと思ってたし、今でもそう思ってる。 だから、俺はけじめなんてつける必要は無かった。 「だが、お前は違うだろう」 冴弥に問いかけられ、己のことを一旦他者のものと考えて、確かにそうだな、と答えを出した。 シカマル、という存在は、並外れた頭脳を持ってはいるが、別段命を脅かされるような生活ではなかった。父と母に庇護される存在だった。恐らくは二人とも己の異質さの片鱗くらいには気付いているのだろう。それでも彼らは己を愛してくれている。 冴弥のように、生きるために人を殺す必要性などはない。日常に殺しが無かったシカマルは、だからこそ暗部に入る際は覚悟を決めたのだ。覚悟しただけで、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。人の命を奪うということを。命を、背負うということを。 故に今、積み重なった罪がシカマルを押し潰そうとしている。 「けじめってのは、覚悟するよりも辛いのかもしれないな」 シカマルは、優しい子だから。 その一言は言わなかったけれど、聡い彼は何となく伝わってしまったかもしれない。意外と素直ではない少年の頬が、ほんの僅かに紅潮しているから。 そんなシカマルが、半ば照れ隠しのように言葉を発する。 「少し考えたんだが、俺のこの感情は…」 |