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陽だまり






私の一日は毎日同じことの繰り返しだった。港や島内を巡回し、島で問題を起こした海賊をとっ捕まえて、海軍に引き渡す。たまに友人と食事したり、島の人とお喋りして過ごしたり。それが日常だったし、不満に思ったこともなかった。漠然と命尽きるまでそう過ごすのだと思っていたし、他に選択肢があるなんて考えもしなかった。キッドと話して、初めて自分の心の深層にある願望に気が付いた。海に出て、色んな島を見て、色んな人と出会って、食べたことのないものも食べてみたい。認めたくはないけれど、やっぱり私は海賊の子だったのだなと実感してしまう。そうだ、私は島の人達には返しきれない程の恩がある。島を海賊から守ることで恩返しをするんだ。


「名前、だったか?昨日はキッドが世話になったな」


いつものように島を巡回していると、仮面を被った人とすれ違った。その人は振り返り私の名前を呼んだ。そういえば、キッドの船に乗っていた気がする。キッドを嗜めていた人。他の船員とはキッドとの距離感が違った気がしたから、きっと昨日言ってたキッドが二日酔いの時に雑炊を作ってくれたキラーっていう人はこの人だろう。


「いえ、私の方がキッドにはお世話になりました」

「そうか。あいつが他人に入れ込むのは珍しい」

「入れ込むというより、私が迷惑かけちゃったっていうか」

「いずれにせよ、キッドが仲間以外に気に掛けるのは滅多にない。あと数日滞在する予定だから仲良くしてやってくれ」


彼はそれだけ言って雑踏の中へ紛れていった。仮面で表情が全く読めないけれど、きっと優しい表情をしているのだろう。この気遣いができる感じはまるでキッドのお母さんみたいだな。そういえばキッドは今何処にいるのだろう。今朝は早くから呼び出しがあったせいで、今の今まで家には帰れていない。昨日はまた明日会いに来るって言ってくれていたけれど、もし来ていてたら無駄足を踏ませてしまったことになる。急足で自宅へ向かう。




「キッド」

「よお」


家につくとそこには玄関前で座り込んでるキッドがいた。どうやら待ちくたびれて眠ってしまっているようだった。起こすかどうか迷っていたけれど、このままでも埒があかないと思い声をかけた。眠りが浅かったのか、名前を呼ぶとすぐに目を開け私のほうをみた。寝起きのせいかふにゃりとした笑顔で、普段の顔とのギャップに胸がドキリとしてしまった。


「もしかしてずっと待ってたの?」

「一時間くらいな、詫びに飯でも奢れ」


キッドは立ち上がりぐーっと伸びをした。改めて並ぶとかなり身長が高かったのだと気付く。初対面の時はそこまで気にしてなかったし、その次は椅子に座ってたり、私が二日酔いだったこともあって意識していなかった。二メートル位だろうか、島にはそこまで背の高い人がいないから圧倒されてしまう。
それにしても、一時間と言っていたけれど、この感じはもっと長い時間待ってくれていたのだろう。歩き始めるキッドを追いかけながら、浮かんだ疑問を尋ねる。


「それくらいは全然構わないけど、でもなんで待ってたの?」

「昨日約束しただろ、また明日会いに来るって」

「キッド、あの」

「なんだ」

「会いに来てくれて嬉しい、ありがとう」

「おう」


ただの口約束だったし、特に時間を決めていた訳でもなかったから、本当に来てくれたことが嬉しかった。自分でもおかしいなって思うけど、自分が思っているよりもずっとキッドのことを気に入ってしまったようだ。彼に対しては絶対後悔をしたくない、だから素直になるんだ。お礼を伝えればキッドは満足したように笑い、私の手をつかんで歩みを進めた。











「悪くねえな」

「美味しいでしょ?ここも私のお気に入りのお店なの」


待たしたお詫びに行きつけの定食屋に連れてきた。私に母親はいないけれど、幼い頃からここで食べさせてもらっていたから、ここが私にとってのお袋の味だった。他人をこのお店に連れてきたのは初めてかもしれない、今までお付き合いしてきた人でさえも決してここには連れては行かなかった。自分の人生の一部には触れてほしくなかったから。でもキッドは違う。少しでも私のことを知ってほしい、なんてあと数日で会えなくなってしまうのにね。


「おい、あの壁にかかってる写真は名前か?」

「ん?よく分かったね、そうだよ」

「へえ、子どもの頃は誰でもかわいいもんだな」

「“子どもの頃“は?」

「い、今もかわいい、だな」


キッドが指した先には町の人みんなで撮った集合写真が飾ってあった。みんな私にとっては両親も同然で、その写真の真ん中に写る私は満面の笑みだった。確かにその写真のまま大人になったようなものだけど、前情報がないのに私だと分かるものだろうか。……それより“子どもの頃は”って強調していたような。ギッ、と睨み付けると慌てて訂正したけれど、いざかわいいって言われると恥ずかしい。私が無理に言わせたようなものだけど。


「おい、お前が言わせたのになんで照れてやがる」

「う、うるさい!別に照れてない!」

「そうか?……名前おれはお前のこと可愛いと思ってるぞ」


面白い玩具を見付けたような顔でからかってくるものだから、余計恥ずかしくなって顔を背ける。すると、キッドは反らした私の顔を両手で挟み彼のほうへ向けさせられた。今までにない真剣な表情で言うものだから、一気に身体が顔が熱を帯びていった。顔を反らしたいのにそらせない、目を反らしたいのにキッドの目から視線を外せない。


「……っ!」

「はっ、やっぱり照れてやがる」

「ばかキッド!」

「なんとでも言え」


笑いを堪えきれなかったのか、真面目な表情から吹き出すように笑い始めた。そこでやっと揶揄われていると気付き、キッドを叩くけれど、それさえも面白いのか笑い続けている。彼と出会ってからそうだ、ずっとキッドのペースで調子が狂ってしまう。揶揄われたというのに、彼が笑ってる姿を見ているだけで何故だか許せてしまうのだ。だけど、やられてばかりなのは癪だ。なんとかして私もキッドを動揺させたいけれど、愚直に生きたせいで何も思い浮かばない。それもあって不貞腐れた表情をしていると、キッドはぐしゃぐしゃと頭を撫でた。


「だが、可愛いと思ってるのは本心だぜ」

「……キッドといると本当調子狂う」

「悪くねえだろ?」

「……まあね」

「やけに素直だな」

「さっきも言ったでしょ、調子が狂ってるの」

「そうかよ」


またも楽しそうに笑うキッドに何も言えなくなってしまう。そろそろ行くか、と席を立つキッドに続いて立ち上がると、その間にキッドはさっさと支払いを済ませてしまっていた。待たせたお詫びに私が払う予定だったのに。


「あれ、ここ私の奢りでしょ?」

「お前の照れた顔見たからな、それで十分だ」

「だけど、」

「ここは素直に礼だけ言えばいい」

「……ありがとう」

「おう」


見た目は海賊そのものだけれど、本当に彼は海賊なのだろうか?今までに出会った海賊は略奪したり、町を荒らすだけ荒らす者ばかりだった。勿論全員が全員そういう訳ではなく、中には物資補給に立ち寄るだけの者もいた。だけど、酔っ払った私を家まで送ってくれたり、ご飯作ってくれたり、ここまで良くしてもらったことはなかった。下手したら今までの彼氏より、大切にされている気がする。それはまるで裏があるんじゃないか、って思えるほどに。


「キッド、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

「別に優しくしてるつもりはねぇ」

「キッドはすごく優しいよ」

「海賊のおれにそれを言うか?」

「確かに」


それは尤もなんだけれど、噂でも悪名で轟いているのも知ってはいるんだけれど、それでも今目の前にいるキッドはそれとは違う気がした。ずんずんと先を歩く彼の後を歩いていると、突然立ち止まりぶつかりそうになる。


「優しくしてるつもりはねぇが、名前のことは結構気に入ってる」


続けて彼は振り返り「だから甘くはなってるかもな」なんて、無邪気に笑った。その姿に目も心も奪われてしまった。たぶん私はキッドのことが好きだ。会って何日も経ってないし、まだまだ彼について知らないことばかりだ。それでもこんな気持ちになったのは初めてかもしれない、ずっと側にいたいなんて思うなんて。数日後にはお別れなのに。







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