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息を攫う







窓から差し込む光で顔が照らされ、嫌でも起きるしかないようだった。いつもならカーテンを閉めているはずなのに、今日は開け放されている。太陽の光の眩しさと、それに伴って喉の乾きを覚える。こんなんじゃおちおち二度寝も出来やしない。そう思ってむくりとベッドから起き上がり、乾いた喉を潤しにキッチンに向かう。ふらふらと足元がおぼつかず、しまいには壁に寄りかかってしまう始末だ。その上頭はがんがんと鳴り響いており、どうやらひどい二日酔いをしてしまったようだ。確かに昨日は飲み過ぎた気がする、だけど飲んだ後の記憶が曖昧だ。どうやって家まで帰ってきたっけ?帰巣本能的な感じで帰ってきたのだろうか。


「あれー?」

「起きたか、酔っ払い」

「キッド?なんで?」

「何も覚えてねえのか、お前が歩けないっていうから送ってやったんだよ」

「そうなんだ、ありがとう」

「おう、ほら水だろ」

「うん、ありがとう」


キッドから渡された水を飲みながら、昨晩の記憶を辿るけれど全く思い出せなかった。キッドに飲み過ぎって言われたことまでは覚えているけれど、それ以降が何も思い出せない。思いだそうとするけれど、頭を使おうとすると頭痛が酷くなるので思い出すのをやめた。働かない頭でぼーっとキッドの様子を見ていると、どうやらキッチンで何かを作っているようだった。まさか最悪の世代の一人であるキッドが料理を?そんなまさかね。もしそうだとしたら、噂に聞いていた凶悪な人物像と全く重ならなくて笑ってしまう。


「何笑ってんだ、まだ酔ってるのか?」

「んーたぶんそうかも」

「ほらよ、これ食って目を覚ませ」

「雑炊?キッドが作ったの?」

「ああ、おれが二日酔いなった時キラーがよく作ってくれるんだ」


予想に反して本当に料理をしていたようで、唖然としてしまう。ぐいと差し出されたボウルには、お世辞にも美味しそうとは言えない見た目の雑炊が入っており、食べるのを躊躇ってしまう。匂いを嗅いでみるとそこまで変な匂いはしなかった。キッドの様子を見ると自信ありげに此方を見ているので、食べない訳にもいかずおずおずと雑炊を口に運ぶ。せっかく私の為に作ってくれたんだもんね、例えどんな味でも完食はしないと。


「……おいしい」

「だろ」


見た目に反して味はお世辞抜きで美味しかった。生姜の味が効いていて、胃のむかむかが解消されていくようだった。これは確かに二日酔いの時に食べるのは身体に良さそうだ。あっという間に完食した私を見てキッドは満足そうな表情をしていた。食べ終わったボウルを下げにキッチンへ向かうと、その惨状に言葉を失ってしまった。水や切ったあとの野菜が其処らじゅうに散らばり、調味料もこぼれて、食器や器具も散乱している。一体どうしたらこうなるんだ。朝ごはんを食べた後ということもあり、一気に頭が覚醒していく。これは怒るべきか、でも私の為に作ってくれたんだから目を瞑るべきか悩んでいると、ばつが悪そうな様子のキッドが覗き込んできた。


「あー、散らかして悪かった。普段料理なんざしねえし、片腕だと上手くいかねえ」


そう言われキッドの腕を見ると、確かに左腕があるべきとこにそれはなかった。そういえば昨日は気にならなかったけど、どうだっただろうか。何れにせよ普段料理をしない上に片腕で料理を作ってくれたのだから、感謝こそすれ文句を言うべきではないだろうな。元彼は私が病気になった時でさえ、私の分の料理を作ってくれるどころか、自分のご飯を作れと言っていたものだ。だから、たかが二日酔いでここまでしてくれることが純粋に嬉しかった。


「大丈夫、朝ごはん作ってくれたことが嬉しかったし」

「片付けはちゃんと手伝う」

「ありがとう」


散らかった物の片付けと掃除をしながら、左腕がなくなった経緯を話してくれた。"赤髪海賊団"海を出ていない私でも知っている。確か船長の赤髪のシャンクスは現在の四皇の一人だったはず。そんな格上の海賊団との抗争で片腕を失くすだけで、済んでいるのは凄いと思う。本人は不服そうだったけれど。海賊の歴が違うし、キッド達はまだ成長過程なのだから、今の自分をもう少し認めてもいいのに。だけど、それはより高みを見ているということなのだろう。島を守れている現状に満足している私にはキッドが少し眩しかった。私も何か夢を持てたらより生活が鮮やかになるのだろうか。


「ねえ、キッドまだ時間ある?」

「昨日の時点でキラーには連絡したから、時間はある」

「良かった、冒険の話を聞かせて欲しいの」

「冒険の話ねえ」

「島から出たことないし、今まで外から来た人と話すこともなかったし」

「いいぜ、きっとお前も海に出たくなるぞ」


キッドから聞いた話はどれもお伽噺のようだった。私は狭い世界の常識しか知らなかったんだって。ニュースや新聞は毎日見るようにしていたけれど、それでもどこか現実感がわかなくて、ただ知識としてあるだけだった。だけど、実際体験してきた人間の話を聞くと、臨場感があって、それらは全部現実だったんだと思わせられる。色んな種族がいて、様々な国があって、見たこともない動物がいて、強い人たちが沢山いる。キッドが言ったように、外の世界をこの目で見たくなった。海へ出て私が知らないものを知りたくなってしまった。まあ、それが叶うことはないのだけれど。


「お前が頼むならおれの船に乗せてやってもいいぜ」

「それは嬉しいけど、私はこの島を守らなきゃいけないから」

「それがお前の仕事なのか?」

「ううん、私が勝手にやってるだけ」

「だったらお前の意思で島を出ても問題ねえじゃねえか」

「色々複雑なの」


まるで「なんだそりゃ」と言わんばかりの表情で私を見たけれど、困ったように笑うしかなかった。キッドはそれ以上は追求もせず、「まあ、気が変わったらいつでも言え」と言って頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。キッドは私を犬かなにかと勘違いしてるんじゃないだろうか。不満そうな目でキッドを睨み付けると楽しそうに笑っているもんだから、何故だか悪い気はしなかった。キッドの笑った顔を見るとこちらまで笑顔になってしまう。一昨日会ったばかりなのに、どうしてこうも楽しくて落ち着くのだろうか。こんな気持ちになったのは、生まれてから初めてかもしれない。


「あいつらも心配してるだろうから、おれはもう行く」

「……色々とありがとう」

「おい、そんな顔しておれが行くのが寂しいのか?」

「別にそんな訳じゃない」

「また明日会い来る、じゃあな」


寂しくないと言っては嘘になるけれど、もう少し一緒に居たいと思ってしまったのは事実だ。でも、まさか表情に出ていたとは思わなくて、つい強がってしまう。キッドには仲間がいて、その上海賊で、ただ単に調達でこの島に立ち寄っただけ。ログが貯まったらまた新たな島に旅立ってしまう。下手に仲良くなると別れが辛くなるだけ。それでも、明日また会いに来る、その言葉が凄く嬉しくて楽しみにしてしまう自分がいた。素直にならないことで後悔してきたのだから、もうこれ以上後悔はしたくない。


「キッド!」

「どうした?」

「明日、会いに来てくれるの待ってるね」

「おう」


勇気を出して本心を言ってみると、すごく気分が良かった。キッドは私が言ったことが意外だったのか、最初は驚いた様子だったけれど、すぐにくしゃっとした笑顔を浮かべた。ちゃんと言えた、今の笑顔を見ただけで言って良かったと思える。こんなに明日来るのが待ち遠しいと思う日が来るなんて思わなかった。






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