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春の霹靂





私が育った島は穏やかな海流にあることもあり、海賊に襲われることが多かった。それなのに王国の方針で海軍の基地の設置を拒否しているから、自身で自衛するしかなかった。両親のいない私を育ててくれた街のみんなには感謝しかないから、海賊から街を守れるくらいに強くなってやろうと、幼い頃から戦闘術を片っ端から習得していった。その甲斐あって人並み以上の強さはあると自負している。今日も日課の港の見回りをしていると、新たな海賊船がこちらへ向かっているのが目に入った。今回は害のない海賊だといいけれど。


「こんにちは。あなた達のこの島に立ち寄った目的を教えて」

「急になんだてめェ」

「物資調達なら歓迎する、それ以外なら島には入らせない」

「答えになってねェな」


海賊船の甲板に立ち上陸準備をしていた海賊達に声を掛ける。素早く反応したのはギザギザの赤い髪をしたガラの悪い人だった。勝手に船に上がったのが気に入らないのか、威圧しながら私の目の前までやってきた。ぐるっと船員達を見渡したけれど、誰もかれもガラが悪そうな人たちばかりだ。服装もすごく個性的で、人を見た目で判断するのは良くないだろうけれど、いかにも悪さをしそうな見た目だ。警戒するに越したことはないだろう、背に背負っている刀に手を伸ばす。


「キッド、余計な争いはやめておいた方が賢明だろう」

「分かってる。おい、お前」

「何?」

「物資調達だ、これで満足か?」

「うん、ようこそ。ゆっくりしていってね」


仮面を被った人が、ギザギザ頭を諌めると素直に上陸目的を答えたから、出しかけた刀を鞘に納める。本当に彼らが物資目的かは分からないけれど、直ぐに攻撃仕掛けてこなかったところをみると、少しは信頼に値するだろう。何れにしても問題を起こしたら速やかに処理すればいいだけだ。あっさり引いた私にギザギザ頭は拍子抜けした顔をしたけれど、別の海賊船が此方へ向かってるのが見えたから、直ぐに船を降りてもう一方の船へ向かった。






「まったく困った人たち。質問にも答えてくれないなんて」


もう一方の海賊は質問に答えるどころか、厄介な絡み方をしてくるものだから、はっきりと拒絶したら船内に引き摺り込まれそうになった。そこからは予想通り戦闘になったけれど、人数がいた分多少苦戦はしたものの全員戦闘不能にしてやった。海には女でも強い海賊はいるだろうに、舐めて掛かるから返り討ちにされるのだ。手配書の束を取出し賞金首がいないかを確認する。


「へェ、お前やるじゃねェか」

「さっきのギザギザ頭さん」

「キッドだ」


背後から声を掛けられたので振り返ると、さっきの海賊が感心したような顔をしていた。"キッド"どうやらそれが彼の名前らしい。そういえば何処かで見たことある顔だと思っていたけれど、名前を聞いて最近世間を騒がせているルーキーの一人だったことを思い出す。パラっと手配書を捲ると丁度彼の手配書が出てきて、金額を見ると“4億7000万”と記載されていた。さすがに億越えの海賊には勝てる自信はなかったから、このまま問題を起こさず島を去ってほしい。


「キッドさん、いつからそこに?」

「さんはいらねェ。戦闘が始まった位だな」

「ふぅん」

「お前、名前は?」

「名前」


戦闘に夢中になっていたから気配を全く気付いていなかった。彼みたいな強い人が島を襲うこともあるのだから、一点に集中しないようにしないといけないな。視線を彼からまた手配書と倒れている海賊に移すと、彼は私の方へ向かって歩き手配書を覗き込んだ。視線だけまた彼に移すと思ったより近い距離に驚き、視線をまた手配書に移す。結構彼の顔は好みかもしれない。


「名前は賞金稼ぎか?」

「別にそんなつもりはないけれど、お金になるなら換えておくだけ」

「へェ、おれは倒さなくていいのか?稼げるぞ」

「悪さしないなら戦う意味ないからね。それに、キッド強いだろうから、このまま大人しくしてくれると助かる」

「喧嘩売ってくるやつがいなければな」

「一気に不安になってきた」


不安そうな視線を向ければ彼は楽しそうに笑っていた。何か問題が発生したら私が対応することになるのだから、こっちの身にもなってほしい。あ、何人か賞金首がいるな。今海軍に引き渡す連絡をしたら、早くて夕方には来てくれるかもしれない。早速近隣の島の支部へ連絡を入れてると、丁度この島の近海にいるらしく昼過ぎには到着するとのことだった。甲板にのびている海賊たちを逃げないように縄で腕と足を縄で縛る。そうしてる間もキッドは私の様子をずっと見ているようだった。


「キッド、昼過ぎには海軍が来るから、船を移動しておいた方がいいかも。ここから半周したところに港があるから、そこなら安全だよ」

「何故わざわざそれをおれに言うんだ?」

「さっきも言ったでしょ、島を襲う訳じゃないなら歓迎するって」

「そうだったな、じゃあ船を移動させてくる。またな」


海軍が停泊するのはこの港だから、ここにキッドの船もあったらまずいだろうと思って伝えれば、怪訝そうな表情で私を見た。意外と感情豊かだな、彼は。理由を伝えれば納得したようで、素直に船へと戻っていった。たくさん海賊を見てきたけれど、わざわざ関わってくるような人は初めてだった。もしまた彼と会えたら他の島の話を聞けたらいいな。








人生は本当に上手くいかない。毎日島の治安を守ろうと頑張ってきたけれど、私自身の心の治安は全く守れていない。彼氏から話があると言われた時は、正直「ああ、またか」という諦めに似た境地に立っていた。そして案の定話の内容は別れ話だった。


「名前はおれがいなくても平気だろ」


フラれる理由は毎回同じだった。今まで人に甘えることをしてこなかったし、迷惑を掛けたくないからと何でも一人でやる癖がついてしまった結果がこれだ。確かに自分の身は自分で守れる、だけど側に居て欲しい、話を聞いてほしい、支えて欲しい、そう思うことだってあるのに。美味しいものを食べて美味しいね、って笑い合ったり、今日はこんなことあったなんて話したりするだけで十分なのに。まあ、一回もそれを口に出さなかった私が悪いのだけれど。


「私だって守られたいのになあ」

「守られるほど弱くねェだろ」


いつもの飲み屋でやけ酒していると、隣にどかっと誰かが座った。この声は聞き覚えがあるな、そう思って隣に座った人物を見ると、昨日港で会ったキッドだった。今のみっともない姿で会いたくなかったな、ってそんなのどうでもいいか。ジョッキに残ったお酒を一気に飲み、お代わりをマスターに注文する。アルコールで頭が回らないせいか、つい本音を漏らしてしまう。


「そう、だけど、私だって女の子だし、守られたいって思うことだってあるよ」

「昨日会った時と性格違うじゃねェか、どんだけ呑んだんだよ」

「うるさい」


そう言って子ども扱いするかのように頭をわしゃわしゃと撫でてくるもんだから、肩にパンチしてみたけれど全然力が入らなかった。それさえも面白いのかキッドはずっと笑っていた。下手に反応すれば酒のつまみにされかねないから、キッドのことは放っておいて残りのお酒を喉に流し込む。マスターにお代わりを頼むと、飲み過ぎだと心配されたけど、大丈夫だと言って追加のお酒を出してもらった。


「話なら聞いてやるから、少しペース落とせ」

「へへ、キッドは優しいねえ」

「うるせェ酔っ払い!頭撫でんじゃねェ」

「キッドだってさっき私の頭撫でたくせにぃ」

「おれはいいんだよ」

「私だってさあ、女の子扱いされたいよ」

「女の子扱いねェ」


そう言って思案しているような顔をするキッドは、さっきまでのふざけた様子は全くなくて、思わず視線が彼から離せなかった。頭がふわふわして、何も考えられなくなる。じーっとキッドを見つめていると、私の視線に気付いたのかニヤッと何か悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべた。お酒の所為なのか、それともキッドのその笑みの所為なのか、心拍数が跳ね上がっている気がする。


「おれは女の扱いは得意じゃねえが、」

「……っ」

「ようするにだ、お前をおとすつもりでいけばいいんだろ?」


キッドは悪い顔しながら私の手を取り、手の甲へ口付けた。彼の唇が触れた手から始まり、徐々に熱が身体全体に広がっているような感覚に陥る。視線を外すことが出来ない、目の前にいる男から。先程までは散々元彼への未練を嘆いていたはずなのに、それを掻き消す程のこの感情は一体なんなのだろう。






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