後悔 自分のしてしまったことをあとになって失敗であったと悔やむこと。 人間という生き物は常に後悔して生きている。あの時こうしていればよかった。この時ああしていればよかった。そんな後ろ向きな懺悔の念とともに人間はただ前に進むことしか許されないのである。 そんな持論を持つ私はいま現在後悔していることがある。どうしてあの時私は酔ってしまったのだろうか。どうして“拾って”しまったのだろうか――。 「仕事まだ終わんないんスか?」 「邪魔。ハウス」 「ここ俺の家っスもん」 「威張るな居候」 「もう立派な家族じゃないっスかぁ」 「ちょ、重い重い!」 後ろから体重をかけてきた我が家の居候こと黄瀬涼太のせいで、帰宅部一筋である私の背骨が悲鳴を上げた。パソコンの画面と睨めっこしていた眼球をグルリと後ろに向ければ、鮮やかな黄色が視界いっぱいに広がった。自分と同じ香りのする黄色。 私がこれ――黄瀬涼太を拾ったのは五日ほど前のことだった。会社の飲み会あとでひどく酔っていた私はその時のことをまったく覚えていない。ただ次の日、目を覚ませば部屋に彼がいた。話を聞けば「家出してきたっス!」とのこと。そんな家出少年を、酔った私は何を血迷ったか拾ってしまったらしい。 「腹減ったっス!」 「カップ麺あったでしょ」 「一人とか寂しいじゃないっスか」 「なら自分の家に帰ってご家族と一緒に食べなさい」 「嫌っス!」 何が原因で家出したのかは定かではないが、彼は頑なに家に帰ろうとしない。いざとなれば公園で寝起きする覚悟だと初日に言われた気がする。さすがに未成年をホームレス化させるわけにもいかないので、仕方なく自分の家に居候させることにしたのだが…… 「そういえば学校は?」 「夏休みっス!」 「チッ、学生に長期休暇なんていらないだろうに」 「……自分だって通ってきた道じゃないっスか」 クスクスと笑いながらおぶさるように腕を回してきた彼を無視して、私は画面に向きなおる。彼のスキンシップの多さにはもう慣れた。それなりに顔のいい彼だが、所詮は子供。社会人である私がときめく要素などどこにもないのだ。 「部活やってるとか言ってたけど、練習はいいの?」 「今、学校の体育館が工事中で使えないんスよ。インハイもこの間終わったばっかりなんで、ってことで一週間くらい休みなんス」 「へぇ。インターハイ云々ってことは強いんだ」 画面から視線を外さずに尋ねれば、彼はやや興奮気味に腕に力を込めた。 「そりゃ強いっスよ。あ!今度試合見にきて欲しいっス!」 「この多忙な社会人に大切な休日を棒に振れと?」 冗談じゃない、と言い切ったところでキーボード上のEnterキーを叩いた。 「子供と違って暇じゃないの。誰かに来てほしいなら他当たって」 「……そう、っスか」 そんな気落ちした声が耳元からしたかと思うと、首に回っていた腕がスルリとほどけた。 少し言いすぎただろうか。一瞬そんなことも考えたがそれよりも今は仕事である。ああこれで少しは進みが早くなるだろう。そう息を吐いた私は、部屋から出ていく彼に目をやることもなく、自分の作業に集中した。 首元に残る体温がなんとなく寂しく感じた。 ―――― ―― それからはやけに静かだった。彼が部屋に入ってくることもなく。ドアの前でうるさく騒ぎ立てることもなく。既に二時間ほどが経過していた。 カタカタカタカタ。カタ、カタ。カタ……カタ。キーボードを叩いていた指が止まった。 なんだろう。なぜだろう。仕事の進みが先程より遅い。調子がでないとでも言うのだろうか。 「……まさか、寂しい、とか?」 自分に限ってそんなことは。たかが高校生に?ただの居候に?そんな馬鹿な。いやいやそんなはずはない。あってはいけない。 確かに家に帰ってきて「お帰りっス!」とか言われることに不快感はない。「いってらっしゃい」もまた同じ。一人で食べる食事も必然的に減ったし、一人で部屋に篭る時間もかなり減った。一時間に一回は部屋に入ってきては三十分は長居する彼。 そんな彼に自分は絆されたとでも言うのだろうか。 くるきゅぅ。 「……ご飯にしよう」 調子が出ないのはお腹が減っているからだ。きっとそうに違いない。 自分の不調を全て胃袋のせいにして私はキッチンへと向かった。部屋のドアを開けると何やらいい匂いが空腹の私の鼻を擽った。その匂いに首を傾げながらリビングのドアを開けた。 「…………」 あ。これは結構やばいかもしれない。 目の前に広がる光景に私はそう感じた。 「……ん?あ!仕事終わったんスか?なら一緒にお昼食べないっスか?今日は俺のお手製っスよ!」 エプロンを付けて、フライパン片手に笑顔を向けてくる彼に、不覚にもときめいてしまった私がいた。 【例えばそこにボクとキミがいるとして】 (涼太くん) (なんスか?) (部活の試合って……いつあるの?) |