『おはよ。早いね』
「おはよー」

共用スペースで珈琲を淹れていると、シェアメイトのむっくんが起きて来た。
今日は仕事がお休みの日だから遅くまで寝てると思っていたけれど、どうやら話し合いの事を覚えてくれていたらしい。
最初は数人でルームシェアをしていた。
年齢も性別も、学歴も仕事もみんなバラバラ。
ある人は結婚して出て行き、ある人は一人暮らしがしたくて出て行き、そしてある人達は喧嘩して出て行った。
この広い家には、今や私とむっくんと二人だけになってしまった。

『珈琲いる?』
「砂糖とミルクいっぱい淹れてー」
『虫歯になるよ』
「だいじょーぶ」

最初すごく子供っぽいなと思ったむっくんは、意外としっかりしてて大人な子だった。
それが素顔かどうかはわからないけど、一つ屋根の下で暮らしている分にはとても楽である。

『そろそろ募集かけなきゃね。春だし』
「そーだねー」

早速本題に入ると、うーんとかふーんとか唸りながら考えている。

『むっくんのお友達とか誰か入ってくれそうな人いない? ほら、キセキの世代仲間は』
「んー赤ちんはお金持ちだからダメ。峰ちんは汚ねぇーから確実にG出るよ。黄瀬ちんは香水臭ぇーし、ミドちんは問題外。一番ましのは黒ちんだけど、今遠いとこに住んでるから言っても丁重にお断りされそー。桃ちんは女の子だけどー料理やばい。俺死にたくない」

キセキの世代というのはなかなか濃いメンバーらしい。
むっくんも少し変わっている子だから波長が合うのかもしれないと思った。
むっくんは立ち上がると、冷蔵庫からモンブランを取り出し私に差し出した。
有名洋菓子店で働いている彼は、暇さえあればケーキを作ってくれる。
シュークリーム、フォレ・ノワールに苺タルト。
どれも美味しいのだけれど毎日食べたら太ってしまうと言うと、私の為にカロリー控えめなケーキを考案してくれた。
「これはアンタ限定だから、店には並べねーし」と照れながら言ってくれたのには正直意外で嬉しかったな。
私の友達でもよいのだけれど、みんなむっくんの大きさに驚いてなかなか見つからない。
だからと言って、いつまでも二人でここの家賃を払ってはいけないし。
せめてもう一人いてくれたら……。
あ、そうだ。

『ねぇ、だったら』
「んー?」
『氷室さんは? ほら、むっくんのことよく知ってるし、ここにもよく遊びに来るじゃない。性格も良さそうだし』
「駄目、室ちんは絶対ェ駄目」

私の提案はすぐに却下された。

『なんで?』

モンブランを口に運び、むっくんの顔色を窺う。
あ、やっぱり少し不機嫌になっている。
氷室さんと喧嘩でもしたのかな。

「室ちんかっこいいもん。絶対ェ好きんなるじゃん」
『誰が?』
「アンタ」
『私が? いやないない』

何を言うかと思えば。
確かに氷室さんはとても魅力的な人だけど、恋愛とか考えた事ないな。

「ねぇ」

むっくんは珍しく真剣な目で、カップ越しに私を見る。
思わず背筋を伸ばしてしまった。

「もういっその事二人で住もう。別の所で」
『え、』
「つーかここアンタの会社からけっこー遠いじゃん。帰りが不安で俺、仕事に手ェ付けらんなくてさー困ってるんだよねー。迎えに行くのもアリなんだけど、毎日は行けねーし」
『ちょ、むっくん?』
「せめて電車で一駅の所探そー。二人でならそんなに広くなくていいし、今日午後から不動産屋行こう。あ、俺帰りにドーナツ食べたい」
『むっくん!?』

つい大きな声を出してしまうと、むっくんは不思議そうに首を傾げた。
だって、二人でって。
それって……それって……

『同棲みたいじゃん!』
「みたいじゃなくてそーだけど?」
『えっ』
「えー?」

驚いて次の言葉が出てこない。
あれ、会話についていけていない。
彼の手に合わせた大きなカップを置くと、傾げた首はそのままに、言葉を紡いだ。

「俺、アンタの事好きみたい。だから、ルームシェアじゃなくて、同棲、始めよ?」





【一緒だけど、一緒じゃない】

『え?! だって、え、いつから?!』
「最初からかわいーなーって思っててー。みんな出てって二人になったあたりから?」
『はあ……ありがとうございます』
「で? お返事は?」
『……私限定のケーキ、毎日食べさせてくれるなら』
「勿論」

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