+10年後くらいをイメージ 敦くんの朝は早い。夜だって遅いのに、朝はとても早い。敦くんの仕事は、可愛いお菓子屋さんのパティシエだ。お店の店長さんもやっている。敦くんは朝早くに起きてロードワークをこなして、朝ご飯を食べて7時にはお店に行く。今日の分のケーキやクッキーなんかを焼くのだそうだ。私は一度も行ったことがないけど、中々に繁盛しているらしい。一度雑誌にも載ったことがあるそうだ。ちょっとだけ誇らしげに敦くんが言っていたのを、私はよく覚えている。 だから朝、私が起きる頃には敦くんはもうとっくに起きていて日課のロードワークに出ていることが多い。高校時代の名残なのか、彼はよほどのことがない限りはこの日課を欠かしたことはない。今日もそうだ。まだうるさく鳴っている目覚まし時計を止めて隣を見ると、もう敦くんは起きた後だった。 一緒に起こしてくれたらいいのに、と空っぽの隣を見るたびに思うのだけど、敦くんはいつも起こしてくれない。一度だけその旨を伝えたことがある。曰く、アンタが気持ちよさそうに寝てるのに邪魔できるわけないでしょとのことだ。我が彼氏ながら気が利く。 私が起きて一通りの準備を終えてからすることは、敦くんの分と自分の朝食をお昼のお弁当を用意することだ。朝食はだいたい、昨日の夕飯の残りと、簡単なおかずとお漬物と白米だ。たまに私に時間がない日は質素にマーガリンを塗ったトーストとサラダだけだ。お弁当のおかずは、敦くんが嫌がるので冷凍食品は使わない。簡単だし楽で、味もそこそこだから私は好きなんだけど敦くんは嫌いらしい。準備が終わったら、ニュースを見ながら一服して、敦くんがロードワークから戻るのを待つ。 敦くんがロードワークから戻ってきたら、ようやく朝食だ。季節によってはその前にシャワーを浴びたりしてる。 今日の朝ご飯はトーストにいくつかのジャム、それからサラダと目玉焼きだ。お弁当にはサンドイッチとウインナー、鶉の卵を入れた。サンドイッチにするさいに切ったパンの耳はお砂糖をつけて揚げようと思う。甘いものが大好きな敦くんが喜ぶかもしれない。 ただいまーと少し気だるげな声が聞こえた。敦くんがロードワークから帰ってきた。 「朝メシなに?」 「トーストとサラダと目玉焼き。トーストちょっと焦がしちゃった。ごめんね」 「珍しいね、体調でも悪い?」 「ううん、そんなことないと思う」 答えてからそういえば夕べくしゃみをしたのを思い出した。外だったし、春だから花粉かと思ったけどもしかしたら風邪なのかもしれない。敦くんに移したら大変だし、一応薬を飲もうかな。この時期の風邪は花粉症と中々区別がつかないから困る。 食器棚の上にしまってある薬箱を取ろうとしたら、後ろからぬっと腕が生えてきて横取りしていった。 「ありがとう、敦くん」 「別にー。俺のが届いたってだけだし。それよりやっぱ体調悪いの?」 「わかんない。でも昨日くしゃみ出だし、一応ね」 薬箱から出した花粉症と風邪薬のどっちを飲もうかのにらめっこしていると、敦くんが横から花粉症のにしといたらと言った。よし、花粉症の薬にしよう。 花粉症の薬を持って机に戻ると、敦くんが首を傾げた。 「いいの?」 「うん。だってどっちか分からないし」 「ふーん」 敦くんは興味なさげにそう答えて、いただきますと言って朝食を食べ始めた。私も敦くんの向かいに座って、食べ始める。 「あ、半熟」 「……嫌いだっけ?」 「んーん。好きだよ」 今日も一日が始まる。 朝焼けの隅っこで 一緒に暮らしている彼女は俺より朝は遅い。俺が家を出た30分後くらいに家を出て会社に行く。それでも十分早い時間なのに、帰ってくるのはすごく遅い。いつも9時とか10時くらいに帰ってくる。だから夕飯は俺の担当だ。朝昼は彼女で、夜は俺。一緒に暮らしていくうちにいつしかそれが当たり前になっていた。 隣で眠る彼女のほっぺたをつっつくと身動いた。昨日もまた遅かった。彼女の仕事は今が丁度忙しい時期らしく、帰ってくるたびに『疲れた』って顔をしている。同棲をしなくちゃ見れなかった姿だ。俺がまだ学生の頃は、いつもお姉さんぶっていてそんな姿は絶対に見せてくれなかった。恋人なのに、絶対甘えてなんかくれなかった。 (……かわいい) まだうっすらと残っている隈をなぞる。朝になればきっと化粧をして隠してしまうのだろう。見栄っ張りな彼女のことだから、会社の人にだってそういう姿を見せたくないんだろう。化粧は女性の身だしなみ、なんて言っていたけど、俺はそれは建前で、本当はそうなんじゃないかと勝手に思っている。これを彼女が知ったら、怒りそうだなぁ。想像して、苦笑した。自分が見栄っ張りなことに恐ろしく自覚がない人だ。きっと怒って、その後はいつもの喧嘩コースだ。ときどきしかしない喧嘩は、いつも同じ展開で大抵次の日には仲直りしている。 彼女のまぶたとほっぺたにそっとキスして、ベッドから降りた。 ロードワークが終わる頃には彼女も起きて、美味しい朝ご飯と一緒に待ってるだろう。 カーテンをあけると、空はもう白み始めていた。そのうちにすっかり日が昇って、町も活気始めるだろう。今日も一日が始まる。 140512 title 休憩 |