すっかり遅くなってしまった。空を見上げれば真っ黒な色が広がっている。腕時計に目を遣れば短針が十一を指していた。寒空の下、自宅に向かう足が身を包む寒さから逃れようと自然と速くなる。同居人はもう眠りに就いている頃だろうか、とそんなことを思いながら歩いているうちにアパートに辿り着き、廊下を進んでいざ自室に差し掛かった時。部屋の前に大きな影を発見して私は目を見開いた。その影は私の姿を捉えるとゆらりと揺れる。

「遅ぇよ」
「…え…な、何で此処に?鍵は?」
「忘れた」
「…何となく予想はついてるけど…何処に?」
「テツん家」

呆れて物も言えないとはこの事である。今日は旧友達と黒子くんの家で集まりがあるだとかで彼は黒子くんの家に行っていたのだが、大方そこでポケットから落ちたかテーブルに置いたまま忘れたかしたのだろう。いつから部屋の前に居たのかと問えば「二時間前」と返ってきた時は眉を顰めた。
二時間もこの寒空の下に居れば風邪を引いてしまう。早く彼を暖かい室内に連れて行かねばと慌てて鞄から鍵を取り出して玄関を開け、寒そうに身を縮こまらせている彼の背を押して室内に入り込んだ。靴を脱いで直ぐ様ストーブと炬燵の電源を入れる。寒い寒いと文句を言う彼を強引に風呂に押し込めた。シャワーの音を聞きながら私は作り置きしていたコンソメスープを温め直す。ついでに明日の朝食の下拵えをしてしまおうと冷蔵庫から材料を取り出したところで風呂場から自身を呼ぶ声が聞こえた。手を止めて風呂場に向かえば彼は扉から顔を出してシャンプーが切れているのだと言う。それならば洗面台の下の棚にあると何度も言った筈だが彼は覚えていないのかその事実を伝えても「知らねぇ」としか返ってこなかった。一体何年同じ屋根の下にいると思ってるのだろうかこの男は。いい加減に物の配置を覚えてほしいと思う。シャンプーを彼に渡し、私は台所へ戻る。そして再び朝食の下拵えに取り掛かった。
材料を切って冷蔵庫に仕舞い、下拵えを終えるとスープを片手に炬燵に入り込んだ。テレビの電源を入れて映し出された番組をぼうっと見ていた。
――すると、ぴたりと首筋に冷たい何かが当てられ思わずびくりと肩を震わせる。何事かと振り返ればタオルを肩に掛けた彼がにやにやと愉快そうな笑みを浮かべてスポーツ飲料を片手に立っていた。

「何するの…子供みたいなことして」
「寒空の下で二時間も待たせたからその仕返しだ」
「仕返しって…今日は遅れるって言ってあったじゃない。あと、鍵を持ってたのに忘れた大輝が悪いんだからね」
「へーへー」

私の注意を聞き流しながら彼はテレビに目を遣るが興味を引かなかったのか直ぐに手元の雑誌に視線は移ってしまった。こうなっては何を言っても聞かないな、と長年の付き合いで知っていた私は諦めて口を閉じる。ちらりと時計に目を遣ればもうすぐ日付が変わろうとしているところだった。明日は彼を黒子くんの家に鍵を取りに行かせねばならないな、と考えながら徐々に重くなってきた瞼に逆らえずゆっくりと目を閉じる。心地良い微睡みの中、「お疲れさん」と呟く彼の声が聞こえた気がした。

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