イオン様が生まれてから、造られてから、2年が過ぎた。このことは、ヴァン様や一部の人間しか知らない。

「あまり無茶なさらないでください」
アクゼリュスの崩落にイオン様が巻き込まれたと耳にした時は、私も後を追おうかと真剣に考えた。生きた心地がしなかったけど、そんなことをせず、生還を信じてお待ちしていて本当に良かった。

「僕がいなくなっても、代わりのレプリカがすぐ造られますよ」
被験者のレプリカ情報がある限り、何度でも導師イオンは造れる。導師の代わりは造れる。でも、それは“イオン様”の代わりを造ることになるのだろうか?――答えは、否だ。

「いえ、レプリカは多少劣化するものですね……。僕は、オリジナルの代わりになれていますか?」
真っ直ぐに私の目を見詰めるイオン様。その表情は悲哀を帯びたものなんかではなくて、「紅茶でもどうですか?」と仰っているかのようだった。自分が被験者の代わりとなるべくして造られた、被験者よりも能力の劣るレプリカ。そう、心から思っているから、そんな表情が出来るのだろう。

「イオン様は、イオン様です。代わりなどなれません。誰も人の代わりになどなれないのです」
だから、自身のことを劣化しているだなんて仰らないでほしい。お体が弱いのが事実でも、それは劣化なんかではない。イオン様の個性の1つだ。

「僕をオリジナルの代わりにするよう育てたのは貴女ですよ?」
「イオン様……」

私は被験者イオン様の導師守護役であって、今のイオン様の導師守護役でもある。人々がイオン様に僅かでも不信感を感じないよう、被験者の喋り方や細かな仕草をイオン様にお教えする為に。

「……すみません。忘れてください」
そう仰って目を伏せたイオン様。私が傷付いた顔をしていたからだろうか。

「私がお慕い申しあげているのは、貴方だけです。私は、イオン様を……」
いつからだろう。敬愛が愛情に変わったのは。
オリジナルのイオン様とは、守護役でお傍に居れど、気さくに話掛けることなど出来なかったし、あちらからお声を掛けてくださることもほとんど無かった。敬愛よりも、畏怖の念が強かった。オリジナルの導師を知っていようと、被験者と今のイオン様は違う。私にとっての導師は、私のこの感情は、貴方だけ。

「お疲れのようですね。私はさがりますので、ゆっくりなさってください」
これ以上イオン様のお傍に居たら、言わなくてもいいことを申し上げてしまいそうだ。
「……やはり、僕の代わりはいますよ」
そんな言葉は聞きたくなくて、訴えるかのようにイオン様を見詰めたら、彼は先程までの悲しそうな、気まずそうな顔ではなく、いつものような優しい笑みを浮かべていた。

「僕に何かが起きても、貴女にならダアトを任せることができます」

1人の人間として、後任として認めたうえでの“代わり”だった。ご自身が被験者の代わりだと言う意味も、そうであると認識なさってくださるだろうか。レプリカとして被験者と同一人物になる為の“代わり”なんかでは無く。

「イオン様……」
私はイオン様の教育係だけれど、彼の部下だ。尊敬する上司に、愛しい人に、そのような言葉を掛けられて嬉しくないはずがない。


だけど、本当にイオン様が消えてしまうだなんて、お守りできなかっただなんて、信じたくなかった。
私の愛するたった一人のイオン様。







(愛しい貴方が遺してくれた御言葉があるから。貴方の居ない世界でも、私は生きる。)
(貴方が護った、この世界を。私も護るから。どうか、安らかに――……。)





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