「ゼロス」
小さく口を開けてその名を紡いだのは、呼び掛けたいからでも、呼び止めたいからでもなかった。そんなの、今更だ。彼の意識に、世界に、私など存在しない。
「だから、家のことはナマエちゃんに任せるよ」
寂しくなんて思わない。
「いってらっしゃい……ゼロス」
繰り返し彼の名を呼ぶ。
敬称無しで彼を呼ぶことが私にはできるのだと、再確認したかったのかもしれない。
今日から、ゼロスは所用で出掛ける。シルヴァラントから来た神子達の、監視。よくある会合だったら私も着いて行ったけれど、今回はお留守番だ。戦う術の無い私が外に出るには、たくさんの護衛を引き連れなければいけなくなるから。
「ナマエ様、よろしいので?」
「……何がかしら」
私とセバスチャンと使用人達で過ごすことになった。主が1人居なくなるだけなのに、この広大で煌びやかな屋敷がどこか無機質に感じられた。
「御心は、言葉にしなければ伝わりませんよ」
一体彼に、何を言えばいいのか。私は何をしたらいいのか。
繋ぎ留めるだなんて、今更だ。
私達の関係は、決して変わることがない。契約。命令。クルシスの託宣。婚姻の……管理。
私が神子ゼロスの婚約者になってから、今日でちょうど3年が経つ。