目の前にある仕事にのめり込んで、食事も睡眠も録に取らない日が続いた。片付けなければならない書類の量は増え、暴動を沈静させる為に派遣されたりもした。彼らが抜けてしまった役職に誰が就くのか決まれば、もっと楽になるかもしれないけど。
でも、そう簡単にはいかないみたいだ。楽になるどころか、今までと比にもならない、さらなる事件が重なった。
イオン様が逝去された。
私はどうして此処で働いているのだろう。世界の安寧を目指し、平和の使者となった導師が死んだ。共に居た時間の最も長かった直属の上司が死んだ。私達大勢の騎士団を纏めあげていた総長が死んだ。
私だけが、取り残されている。
まだまだ書類が積み上げられているけど、徹夜しても片付かない量だ。今日はもう寝てしまおうと、自室に向かう為に執務室の音素灯を消した。
月明かりも届かない闇が辺りを包み、夜の冷たい空気が私の肌を襲う。閉め忘れた窓に近づくと、風に煽られて葉が擦れ合う音が鮮明に聞こえた。
「……ナマエ副官か?」
こんな時間に外から人の話し声など、ありえない。いや、話し声ではなく私を呼ぶ声だったけど。その低音の持ち主が誰かだなんて、すぐに分かった。でも、分からなかった。だって、そんなはずがない。ありえない。ありえない。
「総長……」
ダアトに何か用事でも?いや、そうじゃない。生きていたんだ。無事だったんだ。
先程までの風の音も、木の音も、何も聞こえなくなった。雲の切れ間からようやく差し込んだ月光に、総長の輪郭が朧げに浮かび上がる。
「シンクさん、は……」
一緒じゃないのだろうか。目線をずらしてみても、他に人が居る気配はない。それとも私は幻を見ているのだろうか。ヴァンさんは死んだのだと、確かに聞かされたんだ。地殻へと落ちたのだと。
「来るか?」
逆光となって表情は伺えなかったけど、微笑んでいるような気がした。
「……はい!」
ヴァンさんのその言葉は、私の下で働くか?と言う、お誘いでもあると気付いていた。シンクさんに会えるのなら、もう何だっていい。革命者にでも罪人にでもなってやる。今までの疑問や迷いなどどうでもいい。
幻でもお化けでも、夢の中でも構わない。シンクさんに会えるのなら、私は喜んでこの手を取ろう。