『やっぱオシャレとかーメイクとかってー当たり前にするじゃないですかあ』

『アタシ、超ちっちゃいときからメイクとかしてたー』

『服はやっぱWAWだよねー』


 おしゃれ。めいく。優璃からすれば興味もなければ馴染みのない言葉だ。しかし、何故だろう。キラキラとしたアイシャドー、赤やピンクの口紅、可愛らしいファッションに、優璃は目が離せなかった。

 戦うか、食うか、寝るか。かなり厳しい生活を強いられてきたホワイト組だが、殿堂入りを果たしてからは、大抵はテレビを見るかゲームをするかというゆったりした日々を取り戻しつつあった。そんな中で、優璃が特に楽しんでいるのは、テレビ。バトルものやドラマなど、何でも見た。だが、その中でも1番のお気に入りは、イッシュでも有名なファッション系番組だ。時雨がファッションの審査員を務めているのもあってたまたま見出したのだが、これがなかなか面白い。お洒落に興味のない優璃でも楽しめる内容だったのだ。
 この番組を見続けるにつれて、優璃の中の『女の子な部分』が突出してきたのだろう、テレビに映る可愛らしい女の子を見るとわくわくする自分がいることに気付いたのだ。

 自分にはこんなもの、似合わないだろうか。呟くようにして、一緒にテレビを見ているロムとデザエルに問う。


「……デージー、ロム……こういう女の子、どう思う……?」

「あー?別に、どうとも」

「どしたユーリ?ついにユーリもオシャレさんデビューか?」


興味なさそうに装いつつもテレビから目を離さないロムと、嬉しそうに優璃のほっぺをぷにぷにするデザエルの反応を見て、優璃は思った。わたしも、みんなにかわいいって言われたい。それは幼いながらの、女の子としての純粋な気持ちだった。

 優璃はいつものポンチョを羽織ると、時雨のいるライモンシティへと向かった。





「――お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃん1人で来る所じゃないんだよ。お父さんお母さんは?」

「……時雨はいますか」

「えっ、時雨さん?時雨さんなら奥の部屋にいるけど……キミ、招待券とか持ってる?持ってないよね?じゃあダ」

「ユーリ!迎えに来てくれたの?嬉しいな〜!」


 案内人を完璧にスルーして、時雨は優璃を抱きしめる。時雨の豊満な胸に優璃が苦しんでいるのにもお構いなしだ。慌てて優璃に頭を下げる案内人だが、それを見た時雨がくすくすと笑う。


「今更そんな態度とってもねえ。こどもも大事なお客様、態度には気をつけて下さいな。おいでユーリ、楽屋に連れてってあげる!」


 可哀相な彼の耳を軽く引っ張って、時雨は優璃と手を繋いで奥の楽屋へと向かった。

 筋肉のついたしなやかな脚、綺麗な形をしたお尻と胸、引き締まったお腹、完璧な化粧。改めてまじまじと時雨を見ると、さすが元ミュージカルスターだと感服する。優璃の視線に気付いたのか、時雨が頬を赤らめる。


「なーに、ユーリ?あんまり見られると恥ずかしいな」

「…………時雨」

「んー?」

「……わたしに、その…………」

「ちゃんと言わなきゃわからないよ?どうしたの」

「わたしに……わたしを、おしゃれにしてほしいんだ」

「……あらら……!」


 みるみる時雨の顔が輝きだし、素早く携帯を取り出した。「もしもし芙実?あのね、ユーリが!ユーリがお洒落したいんだって!」ドンガラガッシャーン!という音が携帯から聞こえた。そんなに驚かなくてもいいのに、と優璃は思ったが、今まで全くおしゃれに興味もなかった自分だ、二人がそのように驚くのも無理ないだろうと思い直した。


「そうなったら私張り切っちゃうぞ〜!まずWAWに行きましょ。私がいっぱい服買ってあげるから。そのあとで芙実にヘアセットしてもらおうね。メイクはまだユーリには早いかな、お肌が可哀相だからね。よし、じゃあ行こっか!」




 テレビで何回も見たことのあるミュージカルスター達に楽屋で散々可愛がられ甘やかされた優璃は、ファッションブランド『Wizard And Witch』、通称WAWでもきらびやかな店員達に可愛がられていた。まるで着せ替え人形のように店員や時雨に服を脱がされ着せられて正直疲れていたが、時雨達の嬉しそうな表情を見ると何も言えなかったし、何より可愛い服を着てどきどきしていたのだ。


「この子可愛いですね〜!うちの専属モデルにしたいくらい」

「いえ、わたしなんて……」

「こういうとこも可愛いでしょ?ねえジンジャーちゃん、もっとフリフリで可愛い服ない?」

「ふっ……ふりふり……」

「フリルなら最近作った、ゴスロリ系とかどうでしょうか!」

「きゃー!何それ可愛い!」

「あ……あの……」


 もはや優璃のことはお構いなしで、ジンジャーと呼ばれていた店長らしき人と時雨が楽しんでいる状態だ。目まぐるしい着せ替えタイムが、約40分間続いた。


 芙実のヘアサロンに着いたときには、日もとっくに暮れており、寝るのが早い優璃は欠伸を連発していた。眠気からか首を前後にゆらゆらと揺らす優璃の髪を、芙実が優しく梳かしていく。


「時雨、優璃に無理させちゃ駄目でしょ。疲れてるじゃない……そんなに服も買っちゃって」

「ごめんね。でもユーリがあまりにも可愛くって……!」

「まあでも、可愛い仕上がりね」

「ふふ、ありがとう!」


 完全に眠ってしまった優璃を抱き上げた芙実と、特大ショップバッグを5つ持った時雨は、ここから差ほど離れていない自分達の家へと歩いて帰ったのだった。




 歓声と笑い声と、これは――……カメラの音?
 ぱちりと優璃が目を覚ますと、そこには5人の顔があった。驚いてのけ反った優璃のお腹に何か違和感を感じる。見てみるとそこには、大きなリボンのついたウエストベルトがあった。さっきヘアサロンに行ったときに着せられた服とは違っているから、きっと優璃を驚かせるためにわざと違う服を時雨が着せたのだろう。
 ふわふわした毛並みのコートの中は、時雨が着ていて優璃が密かに憧れていたウエストで切り替えのあるタイプのワンピースで。薄手のタトゥータイツには氷の結晶のワンポイントデザインがされている。髪を触ると、いつものくせっ毛とは違ってさらさらだった。感動して小刻みに震え出した優璃にニーチェが飛びつく。


「ユーリ!なんかユーリが大人っぽいのだー!」

「ユーリ、お姉さんみたいだぞー?良かったな!」

「テレビに出てる女の子達より可愛いぜ」

「当たり前でしょロム。というかあんまりユーリのこと見ないでよ電気がうつったらどうするの」

「エッ俺の存在はインフルエンザ菌か何かなの?」

「さあさあみんな、写真撮りましょ」


 芙実がカメラをセットし、みんなが優璃の周りに集まる(もちろん優璃は時雨の膝の上だ)。ぎこちなくも柔らかい笑みを浮かべながら、たまにはこういうのもあってもいいかもしれないと優璃は思った。本当にたまに、だが。