※杉浦日向子の百物語そのまま
こども銀時と新八さんの話
竹は常緑のものだと思われがちだが、実際は紅葉する。その季節は秋ではなく春で、枝の付け根から出てきた新芽に充分に日の光を当てるため、あの刃のような形の竹の葉っぱは黄色く枯れて、そして一斉に散る。
銀さんから聞いた話だ。
銀さんが子供の頃、まだ七つか八つくらいの頃、竹やぶで一人遊んでいた。
梅雨になる前のよく晴れた春の日で、枯れて黄色い竹の葉っぱが次から次と雪のように降っていた。
竹やぶの地面は乾いた葉っぱが幾重にも積もって、まるで打ち直したばかりの布団みたいに柔らかく、子供の銀さんはその上で大の字になったり転がったり、積もった葉っぱを掻き分けた中に潜り込んだりして遊んでいた。
そうしていたら、向こうの方で何かが葉っぱを踏む音が聞こえた。鹿か猪かと思い音のした方を見ると、動物ではなく人間が歩いている。
一瞬幽霊かと思ったのは、その人影が黒ずくめの格好だったからで、しかしちゃんと足があるのを見て銀さんは安心した。
枯れた葉っぱの上にうつ伏せてしばらく眺めていると、そいつは同じ場所を何度も行ったり来たりしている。しかし迷っているにしては足取りは単調で、焦っている様子はなく、どちらかというと高熱に浮かされた病人が徘徊しているようだった。
子供の銀さんは、狐にでも化かされているのではないかと考え、起き上がるとそいつに近付いて声をかけた。
「オイ、しっかりしろよ」
立ち止まったそいつを見上げて銀さんは言った。
「お前、さっきから同じとこを行ったり来たりしてるぜ」
竹やぶを出たいのならこの斜面を真直ぐ下りて、と説明する銀さんの前で、その黒ずくめの格好の眼鏡をかけた男は、崩れるように膝を付いた。
そして
「銀さん」
と細い声を上げて、銀さんをぎゅっと抱き締めた。子供の銀さんに、まるで縋り付くように。
びっくりした銀さんは声も出せなかったが、男があまりに心細い様子だったので、思わず抱き返そうと手を上げた。
銀さんの手が男の肩に触れかけた瞬間、男は消えた。まるで突然気体になってしまったように、最初からここにいなかったものであるように、跡形もなく消えてしまった。
銀さんの小さな手の中には、いつの間にか枯れた竹の葉が何枚か握られていた。
銀さんは無性に悲しくなって、手の中に枯れた葉っぱを握り締め、その場にしゃがんで迎えが来るまで泣いた。
「へえ」
洗濯物を畳みながら、珍しい銀さんの昔話に相槌を打った。
「眼鏡をかけて銀さんを銀さんと呼ぶのなら、多分それは僕なんでしょうけど。それじゃあいつか、黒い服を着た僕が、竹やぶの中で子供の銀さんに出会うんですかね」
銀さんはソファに横たわったまま
「さぁな」
と言い、
「何の得にもなりゃしねぇだろうけど、…まぁ覚えときな」
と、まるで七つか八つの子供のような顔で笑っていた。
銀さんがいなくなったのは、その話を聞いた数日後だった。
以来、竹やぶには近付かないようにしている。