And your bird can sing



「志村」

先生の声はまるで歌をうたうみたいだ。
いつでも眠そうな先生は喋る言葉の抑揚が独特だ。だから歌っているみたいに聞こえるんだろうか。それともあの低い声質がそんなふうに聞かせるんだろうか。わからないが、そういう声で先生は言った。

「今日、おいで」

うちに。
僕は先生の言った言葉の意味は聞いていなかった。先生の声だけ聞いていた。意味なんか別に考えもしないで僕は、はい、と返事をした。僕が返事をするのは、いつも先生の声にであって、先生の言葉にではなかった。
僕は今まで一度も先生の言葉に返事をしたことはない。僕は上の空のまま、もう何度も、『はい』と言っている。





僕の何が気に入ったのか、先生は僕をお気に入りにした。
先生の唯一の趣味は、自分が勤める学校の生徒に手をつける事だ。先生は10代の人間の若い肌が好きだ。女子は相手にしない。危険だからだ。本人がそう言ったのだから間違いない。
先生は、

「俺は、若くて肌のきれいな、間違っても親や学校にチクッたりしない、安全なバカが好きだ」

と言った。先生にそんな趣味があるなんて夢にも思わなかった馬鹿な僕が、馬鹿なことに先生に好きだと告白したら、先生はそう言った。生まれて初めて人に告白した僕は、告白した人からそんな言葉を返された。
それからの僕は、先生のあのうたうみたいな声に自動的に『はい』と答え続けている。僕は、若くて肌のきれいな、間違っても親や学校にチクッたりしない安全なバカであると、生まれて初めて好きになった人から認定された。

先生の狩りの対象は、素行が悪くなくて成績もそれほど悪くはない、生活態度も落ち着いていて、かと言って学校でそれほど目立つわけではない生徒だった。つまり、失うものをちゃんと持っている、けれども人の注目を集めるほど華やかではない、先生曰く『安全なバカ』だ。
先生は先生なので、生徒を見る目は確かだったし、その扱いにおいてはプロだった。
だから僕は先生がそういう趣味を持っているなんてこうなるまで全く知らなかったし、僕の周りでもそんな事を知っている奴は誰もいない。随分悩んで思いの丈をぶちまけた僕は、その事実を知って相当びっくりしたが、なんどもあの声に騙されるうちに、段々とその事実が別に驚くような事ではない事だと思い知っていった。





放課後、校舎の裏に呼び出された。何が起こるかを知っていながらのこのこ出かけていった僕は、いつもの通り囲まれて殴られた。
殴られたのが、頬というよりはこめかみに近い部分だったので、振動が直に脳に伝わった。ショックを受けてさまよった目が2階のひとつだけ開いている窓を見た。束ねられていないカーテンが風にあおられて靡いて、窓からはみ出していた。その靡いたカーテンの間から、先生がこっちを見下ろしていた。口に咥えた煙草の先から煙がカーテンと同じ方向に靡いていた。
なあ志村。お前はどうしてお前なのかな。
窓から見下ろしている先生はジュリエットで、ジュリエットに見下ろされる僕はロミオだ。先生と僕は、貪欲なオッサンのジュリエットと軽はずみで気の弱いのロミオだ。

「あいつは、若ぇチンポならなんでもいいんだよ」

先生と僕との間を妬んで僕を殴った、隣のクラスのなんとか君は言った。なんとか君も僕と同じ、若くて安全なバカだ。でも、陸上部で日焼けしたなんとか君よりも僕の方が肌がきれいだ。先生は僕の日焼けしていない背骨を舐めながら自慰をするのが好きだ。なんとか君が先生から袖にされたのは、なんとか君が放課後にランニングシャツで運動場の周りをぐるぐる走り回ったからで、僕のせいではない。
倒れた僕を吊り上がった目で睨み付ける可哀想な陸上部の引き締まった肩の向こうに、黄ばんだカーテンをひらひら纏う寝起きの目をしたジュリエットが煙草を吸っていた。
なんとか君は屈んで、僕の制服の襟を掴み上げた。

「か、顔はやめて」

僕は僕を殴るため再び腕を振り上げたなんとか君に、泣きじゃくりながら懇願した。鼻血が喉に入ってちょっと噎せた。

「姉さんが、疑ってるんだ、僕が、…いじめられてるんじゃないかって」

「志村さんは美人だよなあ」

恐ぇけど。と言って、なんとか君といつの間にか結託していた、なんとか君と一緒に先生のおもちゃになっていた隣の隣のクラスの田…田なんとか君が笑って、腕で顔を庇う僕の背中を上靴の先で小突いた。

「うらやましいよなあ、あんなキレイな姉ちゃん。なあ、やっぱ自分の姉ちゃんをオカズにする事とかあんの?」

「あるわけないよ、萎えるよ、だって自分の姉さんだよ…」

「お前、おかしーよ。あんなキレイな姉ちゃんに勃たないで、あんな汚ねーオッサンに勃つとか」

田なんとか君の横に立っている、なんとか君と田なんとか君の前に先生のおもちゃだった吉本だか吉田君だかが言った。

「君らだって、あの汚ねーオッサンに勃起するんだろ」

僕がそう言うと、僕を掴み上げていたなんとか君が、僕を殴った。今度は正面から。
僕は仰向けに仰け反って、なんとか君が掴んでいた僕の襟を離したせいで後ろ向きに倒れた。
仰け反った時、二階の窓から僕を見下ろす先生が見えた。煙草を前歯で噛んで支える先生の口元がちょっと笑っている、のが一瞬見えた。倒れた僕は、薄い色をした夕暮れ直前の晴れた空を仰いで、笑う先生の事をちょっとだけ考えた。





先生が、から揚げを揚げてくれた。塩気が切れた口の端に沁みたけれど、おいしかった。

「たくさん食えよ」

先生はそう言って、お茶碗にご飯をたくさん盛って渡してくれた。僕は相変わらず先生の声だけに『はい』と返事をして、口の中にある油をたっぷり吸った鶏肉の筋を噛み切った。
腫れと痛みのせいで不自由な顎で鶏肉を噛んでいる僕の顔を、先生はじいっと見ていた。

「ずいぶんやられたな」

先生の声はうたうみたいだ。
僕は、おいしいから揚げの味と先生の低い声にうっとりしながら『はい』と答えた。

「痛いか」

「とても」

「かわいい顔が台無しだなぁ」

先生の乾いた指が、僕の腫れた頬をすすとなぞった。先生の好みは、若くて肌のきれいな安全なバカ、かつ、目のぱっちりした童顔のバカだ。隣のクラスのなんとか君も、隣の隣のクラスの田なんとか君も、吉本だか吉田君だかも、僕も、みな漏れなくそういう顔をしている。
僕は鶏を噛むのを止めて、箸を持ったままの手で僕に触る先生の手を掴み、まだ飲み込んでいないから揚げだらけの口の中にその乾いた指を入れてみた。僕の口に入った先生の指は、水を張ったボールに放したお味噌汁の具になるしじみ貝の肉みたいにゆっくり動いて、噛み砕かれたから揚げや僕の舌をかき混ぜる。音を立ててかき混ぜながら、まるで挿入した性器を動かすみたいに僕の唇から出し入れした。唇を擦る先生の節くれた指に僕は舌を巻き付けて、まるで挿入された性器を可愛がるように舐めた。

「ほぉくが、へんへいに、ふっほまれへるなら、よはったのに」

それだったら僕は、正々堂々と、糾弾できたのに。

「…ひひょうもの」

「あん?なんだって?」

「ひひょうもの」

先生は僕の不明瞭な言葉に、何を言っているのかわからないと眉を寄せてみせた。

「食うか、喋るか、どっちかにしろ」

眉を寄せる先生の口元は、殴られる僕を見下ろしていた時と同じ形で笑っていた。
卑怯者。



アイスノンと量販店のケーキ屋で貰った保冷材のいくつかとで顔の上を継ぎはぎに覆われた僕は、凍った継ぎはぎの隙間から、先生の部屋の蛍光灯を見上げていた。
先生は、ベッドの上に投げ出した僕の二本の脚の間にゆったりと横たわっている。顔の上の保冷材が落ちないように目玉だけを動かして蛍光灯から視線を移すと、先生の、まるで人間の髪じゃなくて動物の毛みたいな癖毛が、僕の下腹にくしゃっと縺れて広がっていた。

「ふっ、ふ、…ふふ」

指で支えた性器の根元を抉るように舐めながら、先生は鼻息だけで笑っている。
あっという間に勃っちゃったね、と笑う先生はとても嬉しそうだった。僕は先生に舐められながら、あいつは若ぇチンポならなんでもいいんだ、となんとか君が言っていたのを思い出した。

「先生、僕のこと好き?」

「好きだよ」

「一番好き?」

「好きだよ」

空虚な会話が終わると先生は上体を起こして口を開け、『あっという間に勃っちゃった』『若いバカ』な僕の性器を深く飲み込んだ。僕は腫れた目蓋を閉じて、保冷材の端に切り取られていた光景を遮断した。
唇が狭く窄まった内側で舌や頬の内側の粘膜がひたすら卑猥な動きをして、僕は次第に息を上げて声も上げた。吐く息が全部、あっ、あっ、という声になっているのが聞こえて、無様なそれが自分の声だという違和感に、終いに僕は嫌だと泣く。先生は僕の両脚の付け根を押さえて開かせ、僕が泣き声を上げれば上げるほど、口の動きを酷くした。

「先生、先生、いく、もういく、先生」

押さえ付けられた腰を不自由に前後させて僕は仰け反り、顔の上の柔らかくなりかけた保冷材が全部ベッドに落ちた。
先生は射精の前兆を見極めて、張り詰めた僕の性器を口から引きずり出した。そして舌に残った陰毛を指先で摘んでそのへんに捨てながら、

「まだいくなよ?」

と命令した。僕は食い縛った歯の間から大きく一つ息を吸って、命令に従うことに必死になった。

「ふ、ぁ」

念入りに準備されている先生の中は柔らかくて、大した抵抗もなく僕を根元まで呑み込むと、僕に跨った先生が吸ったり吐いたりしている息に沿って狭くなったり広くなったりした。時々ふいに入り口が絞るみたいに締まった。僕は食い縛っていた歯を開いて震える声を上げた。せんせい、もうだめ、いっちゃう。

「ダメ。もうちょっと我慢しろ」

半泣きで喘ぐ僕に先生は酷な命令を続けるけれど、その目はとても優しい。この先生は、2階の窓から殴られる僕を見下ろす冷酷で卑怯な先生ではなくて、僕の事を好きで可愛がってくれる優しい先生だ。

「先生」

先生の首に半ば解けて巻き付いたままのネクタイが目の前で揺れている。僕はそれを捕まえてぎゅっと握った。優しい目をした先生は、僕の上で揺れながら

「なぁに」

と言って、乾いた指で僕の薄い胸を撫でた。

「もうやめて」

握ったネクタイをぐっと引くと、先生は少し眉を寄せて、上体が崩れないように僕の身体の脇に腕をついて背中を反らした。ねこが伸びをするみたいなその姿勢は、とてもいやらしい。僕は、僕の上に跨っているいやらしい先生を、既に深く挿入しているもういきそうな性器で突き上げてやった。思い切り。
ベッドが軋んで、先生は今日初めて余裕のない悲鳴をあげた。

「もう、やめてよ先生」

ベッドがぎいぎい軋み、僕の脇にある先生の腕が震えている。ネクタイを引いたことで僕に近付いた先生の顔も歪んで震えていた。悲鳴を吐く開いた口から透明な唾液がこぼれて、僕の喉に落ちた。

「こんなことやめて」

日焼けして捨てられたなんとか君。なんとか君と一緒におもちゃになっていた田なんとか君。二人の前におもちゃだった吉本だか吉田君。それから僕。若くて安全で目のパッチリした童顔のバカ。
先生の好みは、若くて安全で目のパッチリした童顔のバカ。…でも本当は、そんな事よりももっと重要な事がある。なんとか君達が先生に捨てられたのは、それに気付けなかったからだ。日焼けのせいなんかじゃない。僕が先生に捨てられないのは、ただ、それに気付いたからだ。

「愛してるんだ、あんたを」

死ぬほど。
先生の好みは、若くて安全な目のパッチリした童顔のバカ。そして、先生を死ぬほど愛しているバカだ。
僕の言葉を聞いた先生が僕の律動する腹の上で深く身体を折って、喉の奥で潰れた呻き声を漏らす。挿入している先生のそこが引き攣るみたいにきつく締まった。

「ん!…あっ、ぁ!」

屈んだ先生の頭を強張る手で掴んで、僕は喘いだ。もうとうに限界は超えているけれど、僕はまだ先生に許されていない。指の間で縺れる先生の動物の毛みたいな癖毛を強く握り締めた。

「せんせい、」

うわ言めいて呼んだ僕の声に、先生は僕の手に掴まれた頭を上向けて僕を見る。先生のこの表情をどう説明すればいいのかわからない。うまく当てはまる言葉を僕は知らない。
けれども僕は、先生のこういう表情を見る度に、常々そうなのだろうなと思っている事が間違いでないと確信する。

この淫乱は、僕を愛している。

先生の口が開いて近付いてきたので、僕も口を開けて舌を差し出した。溶けて濡れた先生の舌が僕の舌に巻き付いた。

「…もういけよ」

僕の口の中に響く先生の低い声は、まるでうたうみたいだ。
僕はその声にうっとりしながら自動的に

「はい」

と言った。





放課後、いつものように僕を囲んだなんとか君たちに僕は言った。

「…あいつはさー、僕にベタ惚れなんだよね」

そう言って口の中に溜まった唾と血を地面に吐いた僕を、なんとか君たちは呆気に取られた顔で見た。

「何言ってんだ、いきなり」

「僕が死ねって言えば死ぬよ、あいつは。多分」

今日も2階の窓はひとつだけ開いている。
冷酷で卑怯で淫乱の、愛に生きるジュリエットが、飼い犬同士の喧嘩を面白く見物している。それを視界の端に認めながら、僕は淡々と言葉を続けた。

「正直なとこ、いい加減ウザいんだよね。あいつ」

突っ込めるだけならいいけど、あんなオッサンに付き纏われて嬉しい奴なんかいねーよ。君らは先生に飽きられたって腹立ててるけど、飽きられて正解だよあんなもん。このままじゃ彼女も作れやしないし、君らにもこうして殴られなきゃなんないし。だいたい、教師にあんな弱み握られてるのも気持ち悪くない?進学とかの時にあれをネタに強請られたりしたらどうしようって思ったら、ヘタな事もできないし。
何よりも、あいつがそういう立場を利用して若いチンポ食いまくってるかと思うと、ムカついて仕方ない。

「…だから何だよ。何なの、お前」

「君らは先生にまたぶち込みたいんだろ?僕はもうこりごりだけど、あいつと切れる前に一回思い知らせてやりたいと思ってる。…それで、これは提案なんだけど」

みんなで、あいつ、輪姦さない?



二階の窓のカーテンが靡いている。その隙間に、こちらを見下ろすジュリエット。
ねえ先生。先生はどうして先生なの?

僕が思わず笑うと、なんとか君たちは

「何なの、お前…」

と、さっきと同じ言葉を、しかし笑いながら繰り返した。





先生の動物の毛みたいな髪に触ってみると、乾いた毛先が爪に触れて絡んだ。
その髪の毛を摘むみたいにして弄びながら僕は、先生が机に上半身を押し伏せられた状態で後ろから犯されている光景を眺めていた。背凭れを前にして胸を預ける僕の重みで椅子がぎいと一回鳴った。

「うっ、あっ、あっ、あっ」

先生は口を開けて小刻みな声を上げている。先生に後ろから突っ込んでいる吉本だか吉田君だかが、せんせいの中きもちいいです、と上擦った声で言った。
僕は先生の髪の毛を指先で触りながら、

「先生、吉本君が気持ちいいって」

と話し掛けた。
吉本だか吉田君だかは、

「俺は吉野だ」

と、僕の間違いを指摘してから机がずれるくらいに先生を突き上げた。先生は一際大きな声を漏らして身体を縮め、そのせいで僕の指先から先生の髪が離れた。

「おまえら、こんなことして、俺が黙ってるとでも、」

机の上で身体を小さく固めた先生が潰れた声で恫喝する。吉本だか吉田君改め吉野君が少し怯んで動きを止め、そして僕をちらっと見た。僕を殴っていた時はあんなに偉そうだったくせに、随分小心だ。僕は可笑しくなって、

「うるせえ淫乱だな。…うるせえから塞いでやれよ、口」

と提案した。すると、少し離れた位置から犯される先生を携帯のカメラで撮っていた田なんとか君が近付いてきて僕に携帯を渡した。田なんとか君は椅子に前のめりに凭れる僕を見下ろして、

「マジでなんなの、お前」

とどこか呆れたような一言を発した。僕は無視して、田なんとか君から渡された携帯のメモリを確認した。メモリには、机に押し伏せられて腕を背中で縛られた先生の、白衣がたくし上げられた裸の下半身が生徒に犯されている画像がいくつも残っていた。
田なんとか君がズボンの前を開けて、さっき僕が弄んでいた先生の髪を乱暴に鷲掴むとその開きっぱなしの涎だらけの口に突っ込む。先生の喉の奥が酷い音を立てた。僕は手にした携帯で、至近距離からその様子を一回撮影した。

「先生、嬉しい?」

大好きな若いチンポいっぱい食わされて、よかったですねえ。
僕は、今自分で写した口に突っ込まれている写真と、田なんとか君が写した中でも先生が特にいやらしく撮れている他の何枚かを選んだ。それから自分の携帯を取り出して、選んだ何枚かを赤外線で送った。

「………」

先生の口は田なんとか君のでいっぱいになっているから、喋れない。そのらしくない無力さに僕は、

「もっと嬉しくなってみる?」

と笑って、順番を待ってるなんとか君をちらっと見た。
なんとか君は肩を竦めて、

「…マジで?」

と訊いた。僕は

「マジで」

嬉しくしてやれよ、と答えた。

「言っただろ、こいつは僕にベタ惚れなんだってば。…僕が死ねって言えば死ぬくらい」

だから、僕がいいって言ってんだから、何してもいいんだ。

「そいつが淫乱だって事、君らもよく知ってるだろ。どうせガバガバなんだ、一本でも二本でも変わんないよ」

自分の携帯に送った画像を確認しながら無感動に吐かれた僕の回答を聞いたなんとか君が、先に突っ込んでいた吉田吉本改め吉野君の身体の横から割り込んだ。
その気配を察した先生が、身を捩って口に突っ込まれた田なんとか君の性器を吐き出す。そして首を捻じ曲げて僕を見上げた。先生の目は充血して潤んでいて、涎で濡れた唇は弛んで体液にまみれていた。僕を見上げる先生の表情を、僕は携帯の画面の向こう、視界の端に見た。
言葉では説明できない、あの表情。
なんとか君が、田なんとか君が挿入している脇に指を挿れた。先生の肺が鋭く息を吸った音がした。

「……新八」

先生は鋭く吸った息を使って、僕の名前を呼んだ。
僕は視線をずらし、視界の端にあった先生の姿を追い出して、携帯の画面に映る先生のいやらしい画像だけを見ながら言った。

「先生。僕のこと愛してる?」

先生は

「…愛してる」

と、僕の好きな、あのうたうような低い声で僕に答えた。
僕は、送信してはみたけれどいまいち気に入らない一枚を削除しながら、

「僕も」

と言った。





先生が仰向いていた身体を机の上でゆっくりと反転させ、うつ伏せになった。
それから二呼吸ほど置いて、両肘をついて上体を起こし僕に背を向けて座った。いつにもましてぼさぼさになってしまった頭をだるそうに掻き、煙草を取り出し火を点けた。先生が吐き出した緩い煙がやがて空中に拡散するのを、僕は先生の肩越しにぼんやりと見ていた。
生徒に輪姦された先生の様子は、後ろから見るだけで惨憺たる有様だったが、先生の全く焦らないだるそうな動作は妙に平和で、その凄惨さに全くそぐわなかった。
僕は、椅子の背凭れの上に重ねた両腕に顎を乗せて、言った。

「満足しましたか?」

僕の問いかけに先生は僕に背を向けたまま前に軽く首を落として俯いた。肩からずり落ちかけた白衣やシャツの襟が大きく下がっていて、先生の首の後ろの骨が剥き出しになっていた。上から数えて七番目の頚骨が突き出す首と背中が震えている。
そして、身体と同じに震える声で先生は言った。

「まあまあ満足した」

僕を軽く振り返った先生は、乾いた精液の付着した唇で煙草を咥え、肩を震わせて小刻みに笑っていた。

「お前は?興奮した?」

「…僕は、あまり」

「ちょっとも?勃たなかった?」

「『はい』」

僕はいつものように自動的に返事をした。先生は、若ぇのにつまんねぇ奴だな、と呟き、

「もっと楽しめよ」

人生を、と言った。
僕くらいの若さで、先生みたいに人生を楽しめる奴がいるのなら、是非一度お会いしてみたい。
先生の趣味は生徒に手を出すこと。そして、生徒を使って徹底的に遊ぶことだ。
僕は、凄惨な姿を日中の光に堂々と晒して笑う先生から目を逸らし、手に持った携帯を見た。小さい画面に映し出される画像のメモリ。生徒に犯される、生徒の勃起をしゃぶって喜ぶ先生の画像は、惨くて卑猥で醜い。
でも、醜くても僕は先生が好きで、死ぬほど愛していた。

「…知りませんよ、僕は。あいつらが味を占めても」

「ふ、ふ、お前、俺の仕事を何だと思ってんの?ガキの二人や三人、目を瞑ってでもあしらえる」

「僕も、目を瞑ったままの先生にあしらわれてるんですか」

「ええ?…何言うの急に。どした?不安になっちゃった?」

「はい」

「そうか。じゃあ、こっちおいで」

「『はい』」

素直に立ち上がった僕の下で、椅子がまたぎいと軋み、半周ほど回転した。
前に回り込んで正面から見た先生は、髪の毛が寝起きみたいにぼさぼさで、白衣は肩からずり落ち、弛んだネクタイの下でシャツが全開になっていた。全開のシャツから剥き出した裸の胸には、生徒の精液が乾いてこびりついていた。そんな惨い姿で、先生は笑っている。

「口を開けなさい」

「『はい』」

先生は前に立った僕の両脚を脚で抱き締めて引き寄せ、唇の煙草を指に持ち替えると、精液の乾いた唇で僕の開いた口にキスをした。
前傾した身体に先生のはだけた胸や下腹が密着する。僕は先生の肌に付着した汚れで制服が汚れると思った。思ったけれど、先生の髪を両手で掴んで、自分からもっと密着した。



なんとか君たちが僕を妬んで僕を殴っているのを知った先生は、いじめはよくねぇなと言った。教師として見過ごせない、と言って、僕の股間を足の裏で撫でた。そして、僕の顔にアイスノンや量販店のケーキ屋でもらった保冷材を押し当てながら、

「そんなに俺とやりてぇなら、やらせてやろうじゃねぇか」

と、うたうような声を僕の耳元に囁いた。
はっとして先生の方を見た僕の耳たぶを、身を乗り出してきた先生が舌の先で舐める。背中がぞくっとして喉が変な音を立てた。

「新八」

僕は、下の名前を先生に呼ばれると胸がいっぱいになって、泣きそうになる。泣きそうになって、同時に勃起しそうになる。

「あいつらをけしかけろ。…お望みどおり、遊んでやる」

先生の気持ちのいい声に、僕はいつものようにただ『はい』と答え、勃起しつつある股間を先生の足の裏に擦り付けた。



気の毒で馬鹿な、なんとか君達。こんな淫乱に入れ込んで、弄ばれて、最後には頭からバリバリ食われてしまった。しかも彼らは自分達が食われたことにも気付いていない。悪いことをしたのは自分達だと思って、きっと感じる必要のない後ろめたさにビクビクしている。先生は責任の全てを生徒に負わせて、自らはノーリスクで乱交を楽しんだ。
この後の先生の手口は僕もよく知っている。先生は、ビクビクするなんとか君達に対して、急に『良い先生』に戻る。そして、何の過失もないなんとか君達に謝らせて改心させ、『良い生徒』に戻す。これがこの先生の、上手なおもちゃの捨て方だった。
先生は卑怯だ。でも、僕はこの卑怯者を死ぬほど愛している。そして先生も、僕を愛している。僕は絶対になんとか君達のように上手に捨てられることはない。なぜなら僕は、先生の一番のおもちゃだからだ。

空間自体に煙草の臭いの染み付いた国語科準備室の隅にある小さな冷蔵庫から、僕は既に開封された飲み物のパックを取り出す。そして、やたら甘いその飲み物を一口、我慢して飲み込んだ。

「何勝手に飲んでんだ。俺のだぞ」

寄越せ、と先生が手を差し出す。僕は制服の袖で口の端にこぼれたその甘くべた付く味を拭きながら、パックを先生に手渡した。

「あいつの携帯のメモリは消したな?」

「消しました」

僕の携帯に送った分に関しては、先生は何も言わない。僕は他の奴らとは違う。僕は、特権階級だ。
でも、本当はそんな特権なんかどうでもいいんだ。夜の先生が一瞬だけ見せる言葉では説明しづらいあの表情だけが僕の全てで、他のものはどうでもいい、特権なんか要らない。特権階級だろうなんだろうと、おもちゃはおもちゃで奴隷は奴隷だ。
奴隷の特権なんか、僕は要らない。

「なんか変な味すんな、これ」

パックの中身に口を付けた先生がそう呟いて、賞味期限を確認している。
先生のあの言葉で説明できない表情は、何よりも雄弁に僕を愛していると言っている。でも先生は、自分があんな表情を僕に見せていることを気付いていない。惨くて卑猥で醜い、頭の悪い淫乱。

「先生。それ、毒入りなんです」

「毒?」

「化学準備室の奥の、劇薬って書いてある棚の鍵盗んで、中の瓶から適当に入れた」

「何を」

「さあ…。適当に入れたから」

先生は、ああそう、とつまらなさそうに言った。言いながら破れたソファに腰掛け、パックの中身をまた飲んだ。

「僕と先生ってロミオとジュリエットみたい。ここから先生が僕を見下ろしてるのを見て、そう思ったんです」

僕は、先生が殴られる僕を見下ろしていた窓から身体を乗り出して外を見た。今は誰もいない僕が殴られていた裏庭は、校舎に遮られた北向きで光が当たらず、冷たく湿った様子がどこかしら霊廟のようだ。背後で先生が少し咳き込むのが聞こえた。

「…ロミオはジュリエットに毒を飲ませてねぇし、ジュリエットはロミオを見下して弄んだりしてねぇし、それに」

仮死から醒めた俺は、お前が死んでるのを見ても後を追ったりしない。

卑怯な愚か者の言葉を聞いて、僕は笑った。
その言葉が真実かどうかは、あんたのあの表情が答えになる。

僕は窓から身を乗り出して冷たく湿った霊廟を見下ろしながら、

「先生、愛してる」

と、うたうように言った。
先生もうたうような口調で

「俺も」

と言った。






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