幸せになってはいけないのに幸せになってしまう新八の話


テレビの前にしゃがんでビデオをいじっていた銀さんが

「あっ…」

って言ったから、僕はビクッてなった。
別にびっくりしたんじゃなくて、銀さんが『あっ』て言うような事に僕は思い当たる節がものすごくあったから、それでビクッてなったのだ。



先日の事だ。
銀さんがすんごい見たいテレビあるのに仕事行かなきゃいけないと言って嘆いていた。録画予約しとけばいいと思うかもしれないが、万事屋のビデオの予約機能は壊れているのでそれは出来ないのだった。
それで『銀さん、心配しないで下さい。録画ならこの僕が』とかしゃしゃり出て、僕が代わりに録画しといてやった。更に、仕事から帰ってきた銀さんに僕は『巻き戻して、すぐ見れるようにしときましたから』と言った。僕のサーヴィスは常に完璧なのだ。銀さんは非常に感謝してくれて、僕は非常に気持ちよかった。
ここまではよかった。
問題はその翌日に発生した。銀さんがまだ見れてないその録画を、僕は誤って消去してしまったのだ。テレビまわりの埃を拭いてた時にどうやら録画ボタンに触っていたらしく、僕が気付いたときには折角した録画が全てジャパネットの録画で上書きされていた。巻き戻しておくなどという、いらん気を回して点数稼ぎをした結果がこれだ。
やべえ。
あやまろう。なるべく早く、あやまってしまおう。
と、思ったが謝罪する切欠がつかめず、僕はあやまってしまえなかった。
こうなったら奴が録画を見ようとした時に、さも今思い出した的な感じを装ってあやまることにしようと思ったが、奴はどうやら、あんだけ騒いで人に録画させといたくせにその事自体忘れてしまっているらしく、録画を見ようとはしなかった。
何してんだ。見ろよ。見ようとしろよ。
気を揉む僕の心を知らず、銀さんはそのまま忘れて一週間が過ぎ、そして今日になってようやくテレビの前にしゃがんだのだ。
それで『あっ』って言った。



ああ、気付いたか…。
仕方ない。気付れたのなら、素直に謝罪するしかないだろう。それが侍の道というものだ。
僕はそう思い、

「銀さ」

まで言いかけた瞬間、テレビの前にしゃがんでビデオをいじくっていた銀さんは

「……神楽の奴」

と呟いた。
えっ。神楽ちゃん。神楽ちゃんが何。

「あいつ、また人の録画の上から」

えっ。銀さん。
違います銀さん。銀さんは誤解してます。神楽ちゃん違う。僕です。僕がやった。神楽ちゃん関係ない。
すぐに訂正しなければいけない。そう思って口を開きかけた時、

「私が何アルか」

神楽ちゃんが来た。

「神楽テメー、また俺の録画消しやがったろ。録画する時は自分のテープ使えって、なんべん言やいいんだ」

銀さんはテレビの前でしゃがんだまま、首だけを捻じ曲げて神楽ちゃんを振り返り、鬼のような形相で言った。
確かに神楽ちゃんは常習犯だった。銀さんが録っていた番組の上から別の番組を録って何度も銀さんの録画を消した。それがあまりに頻繁なものだから、各自のビデオテープに『銀さん』『神楽』とはっきりと記載したラベルを貼ってテープの使い分けを徹底する事で不慮の事故を防止しよういう運びになった。まあ、それを提案したのは何を隠そう僕なのだが。

「…知らないネ」

神楽ちゃんはそう言ったが、その口調には少し躊躇いがあった。神楽ちゃんは、ラベルに個人名を記載した後も、何度か事故を起こしている。

「知らない事あるか。現に消えてんだよ俺の録画が」

「………」

「オメー、一昨日くらいに何かビデオさわってたじゃん。そん時になんかしたろ」

「して…ないアル」

そう言いながら、あひるみたいに口を尖らせて下を向いた神楽ちゃんは自信なさ気だった。神楽ちゃんは自分の行動をきちんと意識して行うタイプではない上に、自分が累犯であることも重々わかっているので『やってない』と断言できないのだ。
神楽ちゃん。
やってない。君はやってないんだ。だってそれ、僕がやったから。
僕はそう言おうと思った。言おうというか、言わなきゃいかんと強く思ったが、この空気の中でそう切り出す勇気がなかった。

「ったくよぉ。わざわざ新八が気ィ遣って録ってくれたってのに、お前はよォ」

ちょ…。何言い出すの銀さん。僕は関係ないじゃないですか。いや、関係なくはないけど別にそこで僕を出さなくてもいいじゃないですか。

「ぎ、銀さん。僕は別に…」

「オメーは黙ってろ。…あのな神楽。やっちまったもんは仕方ねェ。けどな、それを素直に認めてちゃんと謝れないっつうのはどうかと思うぜ俺は」

銀さんの言葉が神楽ちゃんを通り抜けて針のように僕に刺さってきて、ますます僕は真実を告白できない状況に陥った。
神楽ちゃんは

「ダッテ…」

とか下を向いたまま言った。

「ダッテ、じゃねェだろが。だいたいお前は…」

銀さんの粘着なお小言は続いた。
そばで聞いている僕は物凄くいたたまれなくなり、

「ちょっと待って下さいよ銀さん。神楽ちゃんじゃなくて、僕がやっちゃったのかも知れないし…、そんなに神楽ちゃんを責めないで下さい」

と、勇気を振り絞り言った。僕がやっちゃったのかも知れないじゃなくて僕がやったんだろうが、とは思ったが、僕がやりました、までは言えなかった。

「なに言ってんの。お前だったらこいつと違って自分がやったらすぐわかんだろ。そんなとこで庇わなくてもいいんだよ。だいたい、お前ビデオさわんねーじゃん」

それは確かにそうではある。僕が万事屋のビデオを触る事はほぼない。僕がビデオに用があるとすれば、唯一神・お通ちゃんの映像を保存する時くらいだけれども、そんな神聖な記録をこんな蛮人が槍持ってうろついてるみたいなとこで扱うような危険なマネはしたくない。だから僕は基本的に自宅のビデオしかいじらない。
銀さんの推論はその事実に基づいたものであったが、しかし、今回は違うのだ。今回はイレギュラーなのだ。お通ちゃんとか関係なく、単に掃除してた時に間違ってボタン押したのだ。そういうイレギュラーを起こすのが人間なのだ。絶対なんてものは世の中にない。ないのです銀さん。ちょっと想像して下さい。イマジンして下さい。
しかし、銀さんはイマジンしてくれなかったし、神楽ちゃんもイマジンしてくれなかった。

「…なんだヨ、ちくしょー!」

ねちっこい説教を続ける銀さんと、目が泳いでる僕を前に神楽ちゃんはそう吐き捨てると、居間を出て行って、玄関脇の納戸に篭ってしまった。

「………」

「ったく。仕方ねェなあいつは…」

と銀さんは呟いて僕の方を見た。その視線が、同意を求めている。
やめろ。やめてくれ。見るな。僕を見るな。
僕は銀さんの視線から目を逸らし、曖昧すぎる笑いを浮かべながら、

「…む、むずかしい年頃ですもんね…」

と適当な言葉を返したが、なんかこれ以上こいつと同じ空間にいると、自分にすごく不利になるような事を漏らしてしまいそうだったので、

「アノ…、僕ちょっと様子を見てきます」

とか言って立ち上がった。



「か、神楽ちゃん」

「………」

神楽ちゃんが閉じ篭った納戸の前で彼女の名前を呼んでみる。案の定返事はなかった。

「…あの、な、なんかごめんね」

なんかどころじゃなくて完全にごめんねなんだけれども、そんな事は露も知らない神楽ちゃんは

「別に、お前が謝るようなことじゃないネ…」

と元気のない声でぼそっと言った。
そのヘコみきった声を聞いた僕は、自分はもしかしたらクズなのかも知れない、とか思ったが、しかし本当は僕がやったんだ、はどうしても言えなかった。

「だだだって…、神楽ちゃんは覚えがないんだろ。だったら、本当に、もしかしたら、僕がやったのかもしれないのに…」

「違うネ。私アル。きっと私がやったアル」

ええー。
なんで。なんで断言するの。

「私、わかってるヨ。やったのは私ネ。だって、前にも何回もやってるモン。だから、本当はすぐに謝らなきゃいけなかったヨ。けど、もしかしたら私じゃないかもって思って、そう思うことで責任のがれをしようとしてたアル。私、卑怯な人間ネ…」

「かっ、神楽ちゃんは卑怯なんかじゃないよ!そんなふうに自分を省みれる人間は卑怯なんかじゃないよ!」

本当に卑怯な人間というのは、あの、この、ここにいる、この眼鏡のような人間を卑怯と言うのであって…。

「だって、本当に自分でやったっていう記憶がなかったら、誰だって謝れないよ」

本当に自分がやったっていう記憶があっても謝れない人間もいるくらいだ。

「新八…。私、どうしたらいいアルか」

「神楽ちゃん…」

神楽ちゃん。君は知らない。どうしたらいいアルかは僕なんだ。僕の方が君よりもずっとどうしたらいいアルかなんだ。だって、今、僕がやったんだって僕が言ったら、君は僕を血が出るまで殴るだろう。そんで銀さんも僕をクズと呼ぶだろう。それでも僕は真実を告白しなければならないと思っている。思ってはいるけれど、その勇気が出ないんだ。だって、殴られるのもクズ呼ばわりされるのも、僕的に無理だから。
言い淀む僕の様子をどう思ったのか、神楽ちゃんは

「……ごめんヨ、新八。困らせるような事言って」

と言った。

「い、…いや」

「私、謝ったほうがいいアルか?」

「あ!謝るっていうか!…あの、えっと、さ。…さっき神楽ちゃんが言ったみたいな事を包み隠さず銀さんに言えばいいんじゃないかな…」

「さっき言ったみたいな事?」

「だ、だから…。もしかしたら自分がやったんじゃないかもって思ったら、す…素直に謝れなかったって……」

「そうアルな…。…ねえ新八。銀ちゃんに、私がそう言ってたって伝えてヨ」

「えっ」

「今、銀ちゃんと顔を合わせたら、また私かんしゃくを起こしてしまいそうアル。だから、先に新八からそう言っといてくれたら、私、銀ちゃんに謝りやすくなるヨ」

「え」

「私、もう少し気持ちを落ち着かせたら、ここから出るから…。…ねえ、新八。お願い…」

「あの…」

「新八…お願い」

「…………わ。わかった」

なんかもう、ゲロ吐きそうだった。でも、もうそう言うしかなかった僕は、そう言った。
すると神楽ちゃんは、胸がしめつけられるようなカワイらしい女の子の声で『新八、ありがと』と言った。



ああああああ。
僕は、僕は。…ああああああ。

あああ、と思いながら居間に戻った僕は銀さんに神楽ちゃんが言っていた事を伝えた。
銀さんは

「…そうかよ」

と、言うと黙ってしまった。
…ゲロ吐きそう。
ダメだ。今日はもうダメだ。帰ろう。帰らないと僕の精神が折れる。帰ってお通ちゃんの新曲のPV見て、寝てしまおう。そして全てなかった事にしよう。

「あの…。銀さん。そろそろ遅いんで、僕帰ります」

そそくさと上着を着て銀さんに告げると、銀さんは

「なんか悪かったな」

ぽつっと言った。

「な。にが」

「ガキとオッサンの仲介役なんかさせて、悪かったっつってんの」

と銀さんは言って、ヘラッと笑うとおもむろに立ち上がった。僕は思わず一歩あとずさりかけたが、怪しい素振りをしたらこいつに何か気取られるかもしれないと思い、根性で耐えた。
そのような僕をよそに銀さんはいつになく穏やかな表情で、

「送ってやるよ」

と言った。銀さんが優しかった。
僕は、
き。きもちわるい。
と思った。

「いや…。いいですよ。寒いし…」

「バカ。寒いから送ってやるって言ってんだろ」

「…き」

きもちわるぅ〜い…。

「き?」

「いや!なんでもないス…。…送って下さい」



自宅の前でバイクの後ろから降りた僕は、

「あの、有難うございました。じゃ、また明日…」

と言って、もう早く、早くお通ちゃんに会って寝ようと思ってさっさと銀さんに背を向けた。そんな僕の肩に、銀さんが手を置いた。僕は今度こそビクッてなって振り返った。振り返った先には、やはり優しい表情の銀さんがいて、僕は再度ビクッてなった。

「あんさ」

「は、はい。なんスか」

「うちにお前がいてくれてよかったわ。…ありがとな」

キョドる僕の前でそう言う銀さんは少し照れていて、語尾にいくに従って声が小さくなっていた。滅多に言われない銀さんからのありがとうを言われた僕は、このような状況であるにも関わらず、胸がキュンってなった。

「銀さん…」

「ああ、はいはい。終了な。じゃあ、また明日」

照れている銀さんはさっさとバイクのギアを蹴って発進しようとしたが、そのあまりにアレな素振りに僕は
待てよ。ちょっと、俺の部屋で休んでいかないか…。
とか言いたくなった。
しかし、そんな事を言えるような状況ではないし、何にも増して僕にそんな事を言う権利はない。何も知らない銀さんと何も知らない神楽ちゃんを利用して得た不当な権益によって『俺の部屋で休んでいけよ…』はねえだろう。ダメだ。それはダメだ。そんなんしたら、マジで僕はクズだ。いいのか新八。お前はクズになってもいいのか。お前は立派な侍になるのが人生の目標のはずだ。それなのに『俺の部屋で…』って言うのか。言ってしまうのか。お前は侍になる前にクズになってしまうつもりなのか。

僕はハンドルを握る銀さんの腕をがっしと掴んだ。そして言った。

「銀さん…」

「あんだよ」

「ち…」

「ち?」

「ちょっと、お茶でも飲んでいきませんか…」

「あ?」

「いやあの……………寒いし…」



銀さんが2時間弱くらいかけてゆっくりお茶を飲んで、そんで帰って行った部屋で、僕はお通ちゃんのPVを見ていた。
お通ちゃんの神々しい声と姿を視聴していたらなんか涙出てきたが、お通ちゃんの歌の通り、僕はもう後戻り出来ないのだった。

…しかし。
それはそれとして、僕は、あのバカどもが万が一ビデオ消した真犯人に気付いたらどうしよう、と思っていた。
何よりもそれが心配だった。心配すぎて寝付けなかった。
殴られる。殴られるどころか、殺される。

後戻りできないクズの僕は、ああ…明日仕事行きたくねえ、と思った。
いっそ地球滅亡しねえかな、とか思った。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -