※日本に20人くらい(推定)しかいない新銀使いのうちの一人、ふみぞうさんへのお誕生日お祝いで書かせて頂きました。
※案の定、なんのお祝いにもなっていないような、新八がただ犬なだけのお話です。ふみぞうさんごめんなさい。好きです。


【わんわん】




新八は犬だった。
銀時に飼われていた。
飼われていたが、別に引け目はなかった。
何故なら、自分が可愛らしい仕草をすることで銀時は癒され、そのことに対する正当な対価として餌と寝床を与えられている、つまり自分と銀時はギブとテイクなフィフティフィフティの関係だと思っていたからだ。
新八はきちんと自己を確立した、正当な権利を主張できる、現代的な価値観を持った犬だった。

ある日、銀時は言った。

「テメー。俺のクロックスを噛み噛みしやがったな。もうこれ、クロックスじゃねぇよ。ただのゴムのクチャクチャだよ」

言われた新八は、ふん、と思った。

「それがなんですか。あんた、なんか勘違いしてませんか。僕は犬なんですよ。なんかを噛み噛みしたくなるのは、犬として当たり前の本能です。あんたはそれを否定するんですか」

「否定はしねぇけど、俺のクロックスがクチャクチャになるのは困るんだよ」

「ハン、お笑いぐさですね?そうされたくないならクロックスを僕の届かないところに仕舞うなり、僕が噛み噛みしたくなる別のものを用意するなりすればいいんです。あんた人間のくせにそんな工夫もしないで、犬である僕に全ての責任の所在を求める気ですか。なんて情けない。ははは!ははははわんわん!」

新八は、自己確立した犬だったので、不当な言い分には理路整然とその不当さを指摘して立ち向かった。新八は現代的な価値観を持った犬だった。

またある朝、銀時は時間になっても起き出してこず、新八を散歩に連れて行こうとしなかった。

「銀さん。起きて下さい。僕を散歩に連れて行って下さい」

「うーん…っせえな、まだいいだろ」

人間が犬に要求する事は無数にあるが、犬が人間に要求する事は数えるほどしかない。その数えるほどしかない要求の一つである散歩をサボタージュするとは一体どういうことか。
新八は激怒した。

激怒した新八は、寝ている銀時の、寝間着が半ばめくれて半ケツ状態の尻の右の頬っぺたに噛み付いた。

「ギャアア」

銀時は喚いた。

「やめろてめえ!」

「やめる?なに言ってんすか。これは正当なる抗議です。やめてほしかったら、あんたは自分のなすべき義務を果たしたらいい」

「ちっ、ちくしょー」

尻の激痛に悶える銀時は、苦し紛れに枕元に転がっていた新八のお気に入りのボールを掴むと台所の方に向かって投げた。
ボールはびゅうっと飛んで、冷蔵庫の扉に当たってぽーんと跳ねた。

「あっ!」

新八は思わず銀時の尻の頬っぺたから口を離した。

ボール。
びゅうっと飛んでぽーんと跳ねるボール。
その動き。力学にあくまで忠実な、その美しい軌跡。
僕の心を捉えて離さぬボールよ。

新八はデデデと台所に走って、力学の美の顕現たるボールを口にくわえた。
新八の歯に噛まれた犬のオモチャ用のボールは、キュー、という音を出した。

「ははは!銀さん!取りましたよ!ひゃっほう!」

「うーん…」

ボールは新八の口の中で何度かキューキュー言った。
しかし、何度か噛んでキューキュー言うボールの断末魔に飽きた新八が口から落とすと、ボールはころっと台所の床に転がって、そのまま動かなくなった。

「………」

あ。死んじゃった。
新八は、原始、狼として野を駆けていた先祖の血が急に冷めるのを感じ、つまらなくなった。

「銀さん。また投げて下さい」

死んじゃったボールをくわえて部屋に戻った新八は、寝ている銀時の前に落とした。

「うーん…」

銀時は目を瞑ったままボールを掴むと、適当に後ろに放った。
ボールは、びゅうっと飛んだ。

「ははは!ははははは!」

ハイテンションでボールを追っかけ、捕まえる新八。
そうやってボールを弄んでいるうちに、ボールは食器棚とシンクの間の隙間に転がり込んだ。
鼻先にあったボールがいきなりなくなった事に、新八は激しく動揺した。

消えた…?

バカな。
今さっきまでここにあったはずのボールが忽然と消えるなど…。
どういう事だ。有り得ない。

不可解な事態に混乱した新八は寝ている銀時の元に戻った。

「銀さん、ボールが」

「うーん…」

「ボールが…消えました。一体、何が起こったんでしょうか。ボールは確かに僕の鼻先にあった。なのに、突然なくなってしまったんです」

「うーん…、ちゃんと探せ…」

「探しました。しかし、ないんです。どういうことですか」

「うーん…知らねぇ」

「知らねぇじゃないでしょう。あんたは人間なんですよ。僕ら犬よりずっと優れた知性があるんでしょう。それくらいしか威張れるとこはないんでしょう。なのに何ですか、あんたはその優位性を発揮させもせず、万物の霊長たる誇りまでその怠惰の前に放棄するつもりですか」

「うーん…うるせぇ」

「銀さん」

「うーん…」

「銀さん」

「うーん…」

「銀わん、わんわんわんわん!」

「………」

銀時は、新八の度重なる訴えにも耳を貸さず、遂に返事をしなくなった。

なんたる怠慢。なんたる不誠実。
新八はイライラした。
ウーウー唸りながら、寝ている銀時の周りをグルグル回った。

そうしているうちに、口の中がムズムズしてきた。
イライラによるストレスが限界に達し、その捌け口として、何かを咀嚼したいという欲望が沸き上がってきたのだ。

新八は迷わず玄関のとこに行った。

そして、三和土に脱ぎっぱなしになっている銀時のお気に入りのブーツをクチャクチャに噛んだ。







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