※日本に20人くらい(推定)しかいない新銀使いのうちの一人、ロゼッタさんへのお誕生日にお祝いで書かせて頂きました。
※案の定、なんのお祝いにもなっていないような、嫌がらせのような気色悪いお話です。ロゼッタさんごめんなさい。好きです。
【ぐるぐる】
僕は銀さんから何かの種を渡された。
とりあえず僕はそれを僕の土に植えて水をやった。そうしたらそれは芽を出して、みるみるうちに大きく育った。別にそれ程手をかけたつもりもなかったのに、勝手に大きく、半端なく大きくなった。
しかもそれは大きいだけでなく、なんか、わけのわかんないものだった。
僕はわけのわかんないものに育ったそれを
「おおー……」
とか言いながら呆然と見上げた。そして、見上げていたので、そのわけのわかんないものの蔓が足元に這い寄ってきていたのに気付かなかった。
僕は足首を蔓に巻かれて吊り上げられ、更に、次々と巻き付いてくる蔓に身体を締め上げられた。蔓はどうもがこうが離れず、僕は圧死すると思った。
そう思った時に、丁度銀さんが通りかかった。
僕は、銀さんに
「銀さん。助けて下さい」
と言った。 銀さんは、ぎょっとした顔で、
「お前、マジか……」
と言って、自分が渡した種から育ったわけのわかんないものに吊り上げられる僕を、呆然と見上げたのだった。
例えて言うなら、そういう感じだ。
僕は、銀さんに助けて下さいと言って、銀さんは、お前マジかと呆然としている。
そして、そんな感じがずっと続いている。
一体僕はどうなるのだろう。このまま蔓に絞め殺されるのだろうか。
銀さんはどうするのだろう。僕が絞め殺されるのを呆然と見ているのだろうか。
僕は締め上げられて苦しい。とても苦しかった。
しかし、わけのわかんないものに絞め殺されていようが日常は続いていくわけで、僕は今日も、苦しいなぁなどと嘆きながら米を研ぐのだ。
「つまり俺はどうしたらいいわけ」
と、銀さんが言った。
銀さんはそれなりに責任を感じているようだった。僕に渡した種が、まさか、こんなわけのわかんないものに育つとは思っていなかったからだ。
「そんなん、僕が聞きたいです。どうしたらいいんですかコレ」
と、グルグル巻きになって不自由な腕を蔓の隙間から伸ばして炊飯器のスイッチを入れた。
わけのわかんないものは、もうものすごくでかくなっていて、定春なんか目じゃなくでかくなっていて、狭い台所は、わけのわかんないものでいっぱいだった。
銀さんは、わけのわかんないものに押されるように、台所に僅かに残ったスペースに立ち、溜息を吐いた。
そして、困ったな、と言った。
「このままじゃ、早晩、僕は死にます。圧死します」
「マジか。それは寝覚めが悪ぃな」
「なんとかして下さい」
「うーん…」
銀さんは、うーん、と言いながら、わけのわかんないものに阻まれながらも流し台の方に身体を伸ばした。
そして、包丁を手に取った。
「これでいっちょ切り離してみっか」
と言った。 僕は、
「なんでもいいです。お願いします」
と言った。
「いででででで!」
すっげえ痛ってえええ! 死ぬ! 圧死する前に死ぬうううう!!!
「銀さん!死ぬ!死にます!痛くて死にます!」
「なんで?!お前は切ってないよ!お前切ってないのに痛いの?!」
「痛いです!死にそう!」
何故か、蔓に食い込んでいるはずの包丁は僕の身に食い込んでいるように感じられるのだった。
僕が喚くので、銀さんは蔓を切るのを止めた。
「困ったなお前…。どうやらコレは、既にお前の身体に深く侵食し、お前と一体化しているようだ」
「そんな……」
僕は途方に暮れた。
こんなわけのわかんないものと一体化してしまって、僕はこれからどう生きていけばいいのだろうか。
こんなわけのわかんないものものに巻かれたままでは、愛する人を抱きしめる事もできやしない。それ以前に、愛する人を作ることも出来やしない。
「もう終わりだ……。僕は一生こんなわけわからんものに巻かれて、窒息しながら生きていくんだ、童貞のまま」
わけのわかんないものの蔓は僕を締め上げ続け、僕は苦しい。苦しみの中、僕は生きていくのか。童貞のまま。
「銀さん…、助けて」
わけのわかんないものでいっぱいな台所で、僕はわけのわかんないものに雁字搦めに巻かれて泣きじゃくった。
責任を感じている銀さんは弱りきった顔で
「新八…頑張れ。よくわかんないけど、頑張れ」
と、僕を応援し、そして、応援しながら僕を締め上げる蔓越しに僕を撫でた。
すると。
「あ」
僕は思わず声を上げた。
「どしたよ」
「なんか…銀さん、なんか…なんかです」
「なんか?なんかってなんだ。え?これか?これなんか?」
と、銀さんは更に蔓越しに僕を撫でた。撫でるっつうか、擦るみたく。
「あっ、あ。銀さん。なんか」
「なんか?なんかってなんだよ」
「なんか、なんか、ですっっ!ゆ!…緩む」
「え?緩むのか?」
不思議な事だった。僕を締め上げる蔓は、銀さんが撫でると、…撫でるっつうか、その厚い剣ダコのあるくせにどこか柔らかい掌で擦ると、緩むのだった。
「あっ、緩みます!緩むんです!だから、……だからもっと、もっとして下さい!!!」
今まで苦しいほどに僕を締め上げていた蔓が緩む、その安堵に僕は悲鳴を上げるように銀さんに、もっともっとと強請った。
責任を感じている銀さんは、わかった、と言って僕が強請るままにそのわけのわかんないものの蔓を掌で擦ってくれた。
「銀さん!あっ、あっ、あっ!もっと、もっと!」
「こ、こうか?」
「そうです!そう!もっと!ああ、もっと!」
「…よし。なんかわかんないけどわかった」
「あっ!!銀さん!ぎ、」
ああもっと、もっとして!そしたら、きっときっとこの蔓は、僕を離してくれる!
……ような気がする。
「銀さん!もっとぉ!」
「こうか?新八こうか?」
「あ!そうです!そう!…や、あ………ヒ、」
ァ!
…ああああああ!!!!
……結論から言う。
蔓は離れなかった。
わけのわかんないものは、僕が、ああああああ、になった瞬間かつてなく緩んだものの、ああああああ、が終わるなり、ああああああ、に脱力する僕を間髪置かず再びギュギュギュと締め上げたのだった。
「銀さん……」
台所で、ぐったりとした僕はわけのわかんないものに締め上げられている。
銀さんは、そんな僕をやはり弱りきった顔で見上げて言った。
「駄目だったな…」
僕は、いつになく優しい様子の銀さんを見下ろし、わけのわかんないものに締め上げられながら、ゆるゆると首を振った。
「いいんです。少しの間でも、楽になれたから…」
「新八、」
「いいんです。…でも、お願いしていいですか?」
脱力する僕は、涙の滲む目で、涙に滲む銀さんの姿を見詰めた。銀さんは、痛々しいものを見るように僕を見、何だ、何でも言ってみ、と言った。
「僕を締め上げるこれ、これにまた僕が耐えきれなくなったら……」
また、撫でてくれますか。
僕は悲しく微笑み、銀さんは
「…いいぜ。いつでも言えよ」
と言ってくれた。
その時、僕は見ていた。
僕を締め上げている蔓の一部が、僕に優しい言葉をかけてくれる銀さんの視界を避けるように、彼の背後に回り込んでいるのを。
僕は見ていた。見ていたのだ。
見ていたが、黙っていた。