★小話『ロボット三原則』

「道端にいたんです。それで、悲しそうな瞳で見てきたんです」

「捨ててきなさい」

「可哀想なんです」

「捨ててきなさい」

夕飯の買い物にスーパーへ行っていた新八が帰り道で金時を拾ってきた。
薄汚れた金時は、スーパーの袋をかけた新八の腕に抱えられ、震えながら新八の首にしがみついていた。

「…可哀想なんです」

「捨ててきなさい」

「世話は、僕と神楽ちゃんでちゃんとしますから」

「捨ててきなさい」

「躾もちゃんとしますから」

「捨ててきなさい」

「どうしてもダメですか」

「どうしてもダメ」

断言された新八は項垂れた。
しょんぼりした新八に金時が言う。

「仕方ねぇよ。俺の事は気にするな。また道端に戻しといてくれ」

「でも金さん…。こんな寒いのに…」

「大丈夫だ。俺はプラモだから寒さは感じねぇ」

「寒くなくても故障しちゃうかもしれないじゃないですか」

「故障したらジャンク品として源外のじいさんが部品をとるのに使うからいいんだ」

「そんな…」

「目覚まし時計とかの部品に使うからいいんだ。そして目覚まし時計のネジとかになった俺は、お前と神楽の目を覚ますためだけに生きるよ」

「金さん…」

しんみりする新八。

「なれば」

しんみりする新八の前で、銀時が鼻をほじりながら言った。

「なればいいじゃん」

そんな銀時に、新八がキッと鋭い視線を向けた。

「銀さん。あんまりじゃないですか!可哀想じゃないですか!」

「なんで。可哀想くねぇよ。だってそいつ、プラモだもの。鉄のかたまりに感情なんかねぇもの」

「見損ないましたよ銀さん!」

新八は金時とスーパーの袋を持ったまま銀時の非情な発言を非難した。

「金さんは確かにプラモです。プラモだけど、でも…」

新八は金時を抱えたまま、サラッサラストレートの金髪をなでなでした。ひんやりした塩ビの髪の毛が指の間をすり抜けてきもちよかった。悲しげなアクリルの青い瞳はオイルに潤んで蛍光灯にキラキラ反射し、あたかもエーゲ海のようだった。新八はエーゲ海なんか見たことないしどこにあるかも知らなかったが、エーゲ海のようだと思った。

「…でも!こんなに可愛いじゃないですか!」

金時は新八と神楽がオーダーメイドした完璧な銀時だった。だから、その存在は頭のてっぺんから爪先まで完全に新八の趣味に即していた。

「可愛くねぇよ」

銀時は、新八の趣味を一言で貶し、ついでに手に持っていたジャンプの角で金時の頭をどついた。

「あっ!」

「このクズ鉄が。目覚ましでもボールペンでも好きなもんになりやがれ」

銀時は酷い事を言いながら、金時をジャンプの角でどついた。何度も。

「止めて下さい!」

新八はジャンプの角でどつかれる金時の頭を庇って抱え込むようにした。

「オラオラ。オラオラオラ」

しかし銀時は、庇う新八ごと金時をジャンプの角でどつき続けた。
どつく銀時は頗る堂にいっていた。小学生くらいのころ、毎日のようにクラスのいけてない奴とかにこういうことをしていたのだろうと容易に想像できた。
ジャンプの角にどつかれながら新八は思った。ちくしょう、なんて嫌な奴なんだ。自分とは決して相容れない人種だ。もしこいつが自分と同い年だったら絶対仲良くなれなかった。
それにひきかえ金さんは。

金時は新八にひしと抱き付いて離れない。健気で可愛かった。
新八は腕に抱いた金時をのぞきこんだ。
こんなにどつかれたら、僕の可愛い金さんは泣いちゃうかもしれないと心配になったのだ。

しかし、のぞきこんだ金時の顔は泣いてなどいなかった。
それどころか、完全に素だった。

「オラオラ。どうだ?どうなんだ、このスクラップが。悔しいか?悔しいかコラ?」

銀時がニヤニヤしながら浴びせかける屈辱的な言葉を聞きながら、金時は全然平気な顔をしていた。

「悔しいとかは別にねぇな。だって俺、感情ないから」

と言った。

「金さん。虚勢なんか張らなくていいんです。悲しい時は悲しいって言っていいんですよ」

猫撫で声で囁く新八には

「いや。虚勢もなにも。悲しくないもんは悲しくない」

と、素の表情のままで言った。どつかれる頭がどつかれる度にぐらんぐらんしていたが、本当に悲しくなさそうだった。

「ほれみろ。こいつはプラモなんだ。感情もクソない冷徹な鉄のかたまりなんだ」

「そんなことねーもん!ほんとは悲しいけど、悲しいっていう感情に気付いてないだけで、ほんとは悲しいんだもん!」

「いや。本当に悲しくない」

金時は、高分子重合体で出来たすべすべの顔を少しも歪ませずに、特に何でもなさそうな声で言った。

「嘘だ!だって、さっき道端にいた金さんはあんなに悲しそうな瞳をしてたのに!こんなに僕にしがみついているのに!」

「それは、そういうプログラムだからだ」

半泣きの新八に金時は淡々と言った。
その口調は、ATMが『通帳、またはキャッシュカードを挿入してください』と言う時の口調みたいだった。
そして、新八にしがみつく力をあっさりと緩め、抱き締める新八の腕を簡単にほどくと自分の足でしゃんと床に立った。

「ロボット三原則で、ロボットは自分の身を守らなくてはならないと決められている。俺は俺を守るために最も有利な行動を取る。俺のプログラムがそうせよと俺に言っている」

「ぼぼぼ、僕の純情を利用したのか!」

銀時の顔をした奴に、新八の優しく甘やかすテクが通用しなかった。それどころか利用された。打ちのめされた新八は、その場にしゃがみこんだ。
銀時はゲラゲラ笑い、バッカだな、マジでバッカだなお前、こんなもんに騙されて、マジでバッカだな、と新八を嘲笑った。

「わかったら、とっとと捨ててこい」

と、銀時は踵を返して居間に戻ろうとしたが、その肩を金時が掴んだ。

「待て、兄弟」

「誰が兄弟だ」

「外は寒い。故障すると困る。故障すると困ると、俺のプログラムが言っている」

「知るか」

「お前は、お前の顔をした奴が寒い中に置き去りにされて平気なのか」

金時は銀時の顔をじっと見詰めた。色調こそ違えど、銀時そのまま同じ目鼻の配置の顔で。

「………」

銀時はそう言う金時を見詰め返した。色調こそ違えど、銀時そのまま同じ目鼻の配置の顔だ。

「兄弟。俺の顔を見てどう思う」

「…別に」

と銀時は金時から目を反らした。

「可愛いと思わないか」

「…お、もわねぇよ!」

そう言う銀時のほっぺが微妙に赤くなっている。
金時はふっと笑った。

「俺が可愛いのは、お前が可愛いからだ」

「なっ…」

「俺は可愛いだろう?」

「………」

銀時は真っ赤な顔で唇を噛んでいたが、やがて諦めたように呟いた。

「可愛い…」

そして、おもむろに金時を抱き締めた。

「可愛いよ畜生!」

「兄弟。俺を置いてくれ。そしたら俺は、お前の目覚ましになって、お前の目をさますためだけに生きる」

「マジで」

「マジでだ。俺はお前の目覚ましだ」

「俺の目覚まし…」

「お前の目覚ましだ兄弟」

「俺の、俺の目覚まし!」

銀時は金時をより強く抱き締めた。
金時も銀時をきつく抱き締めた。
同じ顔した二人が抱き締め合う。

「なんで金さん?!僕の目覚ましだって言ったじゃん!」

ハブられた新八がキレて喚いた。

「そうだ。お前の目覚ましだ。だが、それ以上に銀時の目覚ましだ。お前の目覚ましより銀時の目覚ましの方が有利だ。と、俺のプログラムが言っている」

金時と抱き合う銀時が勝ち誇って言った。

「…だそうだ。お前みたいなもんには、こいつは勿体ないんだよ。わかったか」

お前みたいなもんには勿体ない。
自分の顔した奴を抱き締めながら、お前みたいなもんには勿体ない。

「…オメーが普段、何を思って生きてんのかがよくわかった…」

新八は激しく銀時をしばきたいと思った。しかし新八はクレバーな人間だったので、込み上げる激情を喉のあたりでぐっと抑え、冷静に勝ちを取りにいった。

「銀さん。金さんを目覚ましにするのはいいですけど、また乗っ取られるかもしれないですよ。いんですか、あんたそれで」

そもそも金時を拾ってきたのは新八だ。忘れてはいない。いないが新八は忘れた事にし、正論を述べた。
新八の図々しい正論に先日の辛い思い出が蘇ったのか、銀時は少し顔色を悪くした。
あれは相当嫌だった。
その時、銀時に抱かれる金時が言った。

「心配ない。俺のプログラムは書き換えられている。前バージョンの脆弱性・操作上の問題は解決された。俺は今、完璧なリーダーになる事を目的とはしていない。俺は今、愛と平和の実現のために生きている」

「奇遇だな兄弟。俺も愛と平和のために生きている。ラヴとピース。人生に必要なのはそれだけだ」

遂に兄弟とか言い始めた銀時が、金時の腰をさも愛しげに撫でながらほざいた。
そんなん初めて聞いたわ、と新八の怒りはつのった。
あと、お前はどんだけ自分が好きなんだと、知ってはいたが根深い銀時のナル具合にひきまくった。

「完璧であることにどれ程の意味がある?重要なのは愛することと愛されること、そして愛に満ちた世界に訪れる平和さ」

金時の新しいプログラムはジョン・レノンみたいだった。
金時と銀時はジョンとヨーコのようにぴったりくっついて、all you need is love 状態で、新八は完全にかやの外だった。

「何を言っとんだお前らは。お前らは平和かしらんが、僕の平和はどうなる。人を踏み台にした平和なんか平和じゃねぇよ。くたばれこの生ゴミと金属ゴミが」

荒んだ新八の暴言を受けて銀時が悲しい顔をした。悲しい顔で金時に語りかける。

「兄弟。あそこに可愛そうな子がいるぜ。愛を失い、なにもかも信じられなくなっている」

「そうだな兄弟。だが彼には見えていないだけだ。本当はすぐそばにある愛に」

金時は銀時の首に腕を回し、銀時の耳のそばで囁いた。耳たぶを擽る声に銀時は気持ち良くなったのか、あ、とか声を上げている。
ぶっ殺してぇ、と新八は思った。
なにが愛だ。なにが平和だ。同じ顔したもん同士でいちゃついて、バカじゃねーの。

「新八」

暗い怒りに燃えて病みまくる新八を金時が呼ぶ。

「気安く呼ぶな、このポンコツが」

吐き捨てる新八に、金時は穏やかな微笑を浮かべた。

「そうトンガるなよ。俺は愛と平和のプログラムを与えられている。真の愛と平和は分け隔てなどない」

「今、現に、僕をハブってんじゃないですか」

「それは誤解だ。いいか新八。…お前、俺達を見てどう思う?」

金時と銀時は強く抱き合い、常にお互いの体をまさぐって撫で合っている。

「ムカつくよ!」

床に落ちているジャンプを新八は蹴飛ばした。蹴飛ばしたジャンプは銀時の足に当たって止まった。

「新八。お前の目は曇ってる。ちゃんと冷静になって見てみろ」

銀時は金時のサラッサラストレートを指ですきながら言った。

「兄弟の言う通りだ。いつものお前になら見えるはずだ。真実ってやつが」

金時は銀時の天パをもさもさに掻き回しながら言った。

「ああ?!」

「…お前、俺達を見てどう思う?」

「だからムカつくって…」

金時はゆるゆると首を横に振り、違う、と言った。

「可愛いとは思わないか」

従前より新八は、銀時を愛育するのをライフワークにしている。そして金時は、銀時をベースに頭のてっぺんから爪先まで新八の趣味で作られた。
その二人が人(新八)前で憚ることなく慈しみ合っている。

「可愛い光景だとは思わないか」

「なっ…」

「萌える光景だとは思わないか」

「お、もわねぇよ…!」

新八は二人から目を反らした。
そのほっぺは微妙に赤くなっている。

「俺は確かにお前よりも銀時の目覚ましだ。だが、お前の居場所がなくなったわけじゃない」

「…どういう事ですか」

「銀時と銀時の目覚ましである俺、それがまるごとお前のものだとしたらどうだ?」

「…まるごと僕の」

「まるごとお前のものだ、新八」

「まるごと僕のもの…!」

この可愛いものが絡み合う可愛い光景が自分のもの。どちらか選ぶ必要もない。まとめて自分のもの。

「愛は、分け隔てない」

「その通りだ」

ち、畜生。
新八は俯いて唇を噛んだ。
そして、

「バッ…バカヤロー!大好きだ!」

と叫んで、絡み合う二人をまとめて抱き締めた。




「あ、金ちゃんアル」

帰ってきた神楽は、玄関先でひとかたまりになっているものの中に知った顔を見付けた。

「ちゃんと直ったアルか」

確か、金時は首がもげていたはずだ。
そのへんの接合はちゃんとしているのかと思った神楽は、金時の頭を両手で持ち

「えいっ」

と、ねじってみた。

めきっ

という音がした。

「あ。やっぱ直ってなかったアル」

神楽は、もげた金時の頭を手に持ってガッカリした声を出すと、あとは興味を失ってしまったように、もげた首をぽいとその辺に放った。
金時の頭は、がしゃん、という音を立てて銀時と新八の間に落ちた。

「………」

呆然とする二人の間で、金時の頭は、例のATMみたいな口調で

「予期しないトラブルが発生しました。現在作業中のメモリは全て失われます。再起動するにはリセットボタン、または電源ボタンを押してください」

と言った。

「………」

新八は、おそらくは胸に付いているであろうリセットボタンまたは電源ボタンを押すために金時の服のチャックを下ろそうと金時の襟元に手を伸ばした。
その腕を銀時が掴む。

「………」

新八が振り返ると、銀時は首を左右に振っていた。

「…す」

と銀時は疲れた顔で言った。

「捨ててきなさい」

新八も疲れた顔で

「…はい」

と言った。
二人はしばらく動かなくなった金時を見下ろしていたが、やがて銀時が、ボソッと呟いた。

「…お前みたいなもん、とか言ってごめんね…」

銀時の呟きに新八も

「…いや、気にしてないですから…」

とボソッと返した。



そのあと、3日くらい、二人の関係はギクシャクした。




おわり

(2012/11/28 23:49)



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