☆リクエスト『痩せっぽちのユディット』

史乃さんのリクエスト【ぎんかぐ】


リクエスト文なのに、注意書きつけたくなるような内容です
『神楽がファザコンをこじらせすぎ・神楽がかわいそう・銀時が最低・銀神なのにぜんぜん可愛げがない・何年後か設定』
まだあるような気がするけど、とりあえず先に謝っときます
すいませんでした







いつまでここにいるんだ。

とは、言われてはいない。
言われてはいないが、言外にそう問われているような気がして、最近の神楽は不機嫌だった。

神楽が万事屋の押し入れに眠るようになってから、いつのまにか何年もが経っていた。
押し入れは狭くなり、神楽は長い脚を折り畳んで横向きに眠るのが決まった形になっていた。




定春の調子が良くない。
昔は大きな図体で軽々と跳ね回っていたのに、このところは外に出るのも億劫がって、神楽の眠る押し入れの下段に頭を突っ込み日中もじっとしている事が多くなった。

「定春、病気アルか」

心配する神楽が踞る定春の背中を撫でる。
新聞をめくる新八が言った。

「ええ?そんな感じもしないけど」

餌もよく食べているし、どこか痛がったり苦しがったりする様子もない。
ただ、日を追うごとに大人しくなって、少しずつ痩せてきている。

「定春は、年を取ったんだよ。多分」

新八は、新聞のお悔やみ欄を眺めていた。知った名前が見つかれば、お通夜に出なければならない。

すっかり大人しくなってしまった大きな犬の背中に神楽は突っ伏した。頬にゴツゴツした背骨が当たって痛かった。

定春は病気ではなく、年を取っただけ。

そんな事は神楽もわかっている。
…なんとなく寂しくなったから、ちょっと聞いてみたかっただけだ。




神楽はデパートの大きな紙袋を押し入れから探し出した。
紙袋は膨らんで重たかった。中には写真がたくさん入っている。いつのまにか、こんなにも撮っていたのだなと感心した。
手を突っ込んで一掴み程を取り、それを大まかに均して畳に広げた。
畳に広げた写真に写っているのは、自分や銀時や新八や定春や、その他の人々だ。それがこんなにもたくさんある。
大分昔のもあれば少し昔のも、最近のもある。
床に広げた様々な写真の中から、神楽は大分昔のものだけを選り分けた。

小柄で痩せっぽちの女の子と地味な男の子と元気そうな犬、それから若い男がたくさん写っている。

普段からずっと続けて見ているから気付かないが、こうして見るといつのまにかずいぶん様子が変わったものだと思う。
自分は小柄で痩せっぽちではなくなったし、新八は相変わらず地味だが男の子ではなくなったし、定春は大人しくなった。
銀時はオッサンになったし。
当時の自分の目には当時の銀時がかなりオッサンに見えていたが、写真の銀時は今の自分には十分若く見える。下手をすると、今の新八に近いものがある。

こんなんだったのか。

神楽は三人と一匹が写った、おそらくはお登勢あたりが撮ってくれたのだろう一枚を拾い上げて、じっと見た。
明るい光に照らされた万事屋の外階段だ。
撮影用の顔を作った子供の新八が一番下に前を向いて立っていて、その一段上に眠そうな顔の若い銀時が腰を下ろし、更に上の段にしゃがんだ自分が、前にいる銀時の首を絞めるみたいに両腕を回して、抱き付いていた。元気な定春は、写真の端にしっぽだけがぶれて写っていた。

写真の中の小柄で痩せっぽちの女の子は、大きな口を開けて笑っている。階段の向こうで背景になっている青空を丸ごとでも飲み込めそうな大きな口だった。
幸せそうだ、と神楽は、まるで今が幸せではないような事を思った。

神楽は和室に一人しゃがんで、しばらくその一枚を眺め、そして、その一枚と痩せっぽちの頃の自分が一番可愛く撮れている一枚を選んで、ズボンのポケットに押し込んだ。




「ややこしいなオイ」

ソファに座る銀時が耳の後ろを掻きながら、ぼやいている。テーブルには、神楽のわからない何枚かの紙が散らばっている。

「そうですね、正直ややこしいです。…どうします、手を引きますか」

向かいではボールペンを持った新八が、銀時に何かについての判断を求めている。新八の座る方に近いテーブル上には、新八が何かを説明した字や図や矢印だらけのちぎったノートがあった。
神楽は仕事の話にはあまり参加しない。これは昔から同じだ。そんな質面倒な事は男どもにやらせておけばいい。内容が気に染まなければ、自分は行かない、と一言言えばいいのだ。
贅沢な暮らしは出来なくとも、神楽はお姫様だった。万事屋の、お姫様。

「やめといた方がいいと思うか?」

銀時が新八に訊いた。

「やめときましょう」

新八が答えた。

神楽は、その言い方を偉そうだと思った。
どうしてお前が決める?
決めるのは銀時の役割だったはずで、眼鏡はそれに文句を垂れながらも従うのが自然の形だったのに。いつのまにその形が変わったのか。

「じゃ、やめとくか」

そして銀時は、気付いているのかいないのか、当たり前のようにそれを受け入れている。
神楽は気に食わない。
痩せた犬の背中に掌で逆毛を立てると、薄くなった被毛の下に地肌が見えた。




ラブホテルが立ち並んだ裏路地を新八と並んで歩く。
際どい理由で、ではあるはずもなく、仕事でだ。
『ややこしい』から断った仕事のかわりに銀時が居酒屋で拾ってきた。浮気をしているらしい嫁さんを調べてくれ、という、よくある依頼だ。
慣れた種類の仕事であるので、二人は心得ている。こうした場所をうろついても怪しまれないよう二人で行くのだ。恋人同士のような顔をして歩いて、人の浮気の証拠画像を撮る。

「あんな男」

と、神楽は言った。

「相手の人の事?」

と、新八は言った。
そう、と答えながら神楽は、新八の肩に軽く手をついて水溜まりを飛び越えた。
この眼鏡とこうした場所を歩く事や体に触れる事について、緊張も抵抗もない。ホテル街や新八に慣れているからというのもあるが、それよりも、神楽にとって新八はそういう対象では全くないからだ。肉親みたいなものだ。神楽には兄がいるが、もう何年も会わない。その兄よりも、新八の方がずっとそれらしいと思えた。
神楽にとっての新八は、無味無臭で色も形も重さもない、空気のようなものだった。ないと明らかに困るのだろうが、一番最初からあって、かつ当然にあるものなので、求める対象になどなりはしない。

「あんなにいくつも年の離れた、チャラチャラした男」

遊ばれてるだけネ、と神楽は依頼人の嫁さんを哀れんで、同時に蔑んだ。

「なんであんな男と」

バカだ、と神楽は言った。
新八は歩きながら肩を竦めた。

「色々あるんだろ。外見じゃわからない良いところとか。…知らないけど」

神楽は、ふん、と鼻を鳴らして、ずっと前方を縺れるみたいに歩く中年の女と若い軽薄そうな男の後ろ姿を眺めた。
中年の女はポケットに両手を突っ込んでだらだら歩く若い男の腕にしがみつくようにしている。みっともない、と神楽は思った。

「どうせ浮気するなら、もっといい男とすればいいのにヨ。すごくかっこいいとか、誰よりも強いとか、お金持ちとか」

神楽の言葉を聞いた新八は、少し考えてから

「仕方ないよ」

小さく呟いた。

「人を好きになる時は、そういう事で好きになるんじゃないもの」

そう言いながら前方の見苦しい二人を見る新八の目は、眼鏡の分際で神楽の知らない何かを知っているようだった。

…じゃあ、一体どういう事で好きになるというのだ。

神楽が尋ねかけた時、浮気の二人がホテルの中に入る素振りを見せたため、結局その質問は出来ないままに終わった。




そよちゃんは、神楽の一番の友達だ。
神楽はそよちゃんが大好きで、そよちゃんも神楽が大好きだ。聞かなくてもわかるし、好きな事に理由なんかない。
つまりあの眼鏡かけ器はこういう事を言いたかったのか。

「ねえ神楽ちゃん。わたしを連れてこの国から逃げて」

同じ布団にくるまった温かい中で、そよちゃんはそう言った。
二人とも、もうそんな事をする歳ではなかったが、今日は久し振りにそんなふうにしたいとそよちゃんが言ったのだ。少しだけお酒を飲んだからだろうか。

「どして」

神楽はびっくりして訊いた。神楽は万事屋のお姫様だが、そよちゃんはこの国のお姫様だ。神楽が万事屋でお姫様をするよりも、もっと過酷なお姫様をしている。彼女の使命感と自律は揺るぎないと思っていた神楽は驚いた。

「わたし、誰も知らない遠いところに行きたい。そこで神楽ちゃんと二人だけで幸せに暮らしたい。兄上もこの国の人達の事ももう知らないわ。ねえ神楽ちゃん。誰もいない、きれいな山に囲まれてお花がいっぱい咲くところへ行こう。定春くんも連れて、そして他にも可愛い動物をいっぱい飼おう。一日中お花畑でおしゃべりしよう」

そよちゃんの空想はひどく少女趣味で、ひどく素敵だった。

「そよちゃん、どしたネ。何かあった?」

そよちゃんは、何もない、と言って、そのくせ両手で顔を覆って泣いた。

「わたしは誰も愛せない」

そよちゃんは言った。

そよちゃんは、今まで長く付き合ってきた中でもついぞ見たことのない様子で泣いた。抑えた声はそれでも砕けたみたいに割れていて、静かではあるものの号泣に近く激しかった。

「そよちゃん」

「ねえ神楽ちゃん。わたし、自由になりたいの。わたしだって、バカになる自由がほしい」

そよちゃんは鼻水に噎せながら言って、そして神楽に背を向けて縮こまった。困った神楽はそよちゃんの背中をさする事しか出来ない。

「わたしだってバカになりたい。…わたしだって女なのよ」

背中をさすりながら神楽は、昼間に見た浮気女を思い出した。みっともなくて、バカみたいだった。

ああ。そよちゃんは、誰かを好きになりかけているのだ。

神楽の胸が締め付けられた。もう痩せっぽちではない、柔らかく豊かな胸が。

「…お姫様だから?お姫様だからバカになれないアルか?」

「お姫様はバカになっちゃいけない。バカになりたくても、なっちゃいけない」

過酷な使命感と自律でそこに一人で立っていなければならない。あの浮気女みたいに、みっともなく好きな男にしなだれかかる事は許されないのだ。

神楽はわからない。
神楽はバカになった事がなかったし、バカになりたいと思った事もなかった。
今まで、神楽を好きだと言ってきたバカはいっぱいいた。けれどもそのバカどもは誰一人として、神楽をバカにしてはくれなかった。
結局、神楽はずっとあいつらとあそこにいる。




お姫様をやめたい。
そよちゃんがバカになりたい気持ちはわからなかったが、お姫様をやめたい気持ちは神楽も同じだ。
そよちゃんはバカになりたくてお姫様をやめたい。では自分はどうしてお姫様をやめたいのか。

神楽は2枚の写真を眺めた。
幸せそうな女の子。幸せそうな三人と一匹。幸せなお姫様とお姫様に仕える家来たち。
それが、いつの間にか変わってしまっている。
定春は年を取り、新八は銀時に対してイニシアチブを取るようになった。神楽は小柄で痩せっぽちの女の子ではなくなった。
変わってしまった周囲の様子から、お姫様は必要とされていないと神楽は感じる。或いは、自分はお姫様として不適格になってしまったように感じる。

豊かに膨らんだ胸の中に生じた何かが、バカになりたいと泣くそよちゃんや、何をかを知っている風な新八を羨んでいた。
自分もああいうものが欲しいと神楽は思った。
そよちゃんが、バカになりたくてお姫様をやめたいのなら、神楽はお姫様をやめればバカになれるような気がして、お姫様をやめたかった。

いつまでここにいるんだ。
神楽にそう問うているのは、銀時でも新八でもなかった。
神楽自身だった。




ソファで仰向けに銀時が寝ている。
風呂上がりの神楽は、後は寝るだけのパジャマ姿でそれを見ていた。
眠る銀時の裸足の爪先が脱力して天井を向いている。テレビが、温暖化のせいで極地の氷が溶けていると伝える。極地に住む動物が環境の変化のために絶滅に瀕していると伝えている。
極地に住む、あの白く愛くるしい地上最大の肉食獣は、このままだと生きていけなくなるという。

「銀ちゃん」

「んん」

神楽が呼ぶと、銀時は鼻息だけで返事をし、それからまたすぐ浅い寝息を繰り返し始めた。

「銀ちゃん」

神楽は銀時に近寄り、屈んで、その頬を緩く何度か叩いた。

「…うるせぇな。何?」

銀時は首だけを持ち上げて薄目を開けて間近の神楽を見た。

新八は神楽にとって肉親同然だが、銀時も同じだ。風呂上がりの薄着でそばに寄る事にも、体に触れる事にも、緊張も抵抗もない。
新八が兄の代わりなら、銀時は父親の代わりなのだろうか。

「シャンプーがなくなったヨ。私で最後だったヨ」

「新八が詰め替え用を買ってるだろ」

「なかったヨ」

「うっせぇなもう。石鹸で洗うからいいよ」

銀時も空気と同じだ。
無味無臭で色も形も重さもなく、緊張も抵抗も生じる事なく神楽を包む、なくなると明らかに困るもの。
だが銀時は新八と違う。
新八は当たり前にそこにあるものだと感じるが、銀時についてはそんな気がしない。
銀時は当たり前にそこにあるものではない。
新八が自分から離れる事はこの万事屋にいる限りあり得ないが、銀時が自分から離れる事は十分あり得た。
銀時に離されたら、そこで終わりだ。銀時が自分から離れるという事は、自分たち三人を肉親のように結び付けている、この万事屋という環境を失う事になる。

忘れもしない。
銀時は一度、痩せっぽちだった神楽を捨てようとした。

銀時は、当たり前にそこにあるものではないのだ。

「ねえ銀ちゃん、人を好きになるってどんなんヨ」

「はあ?」

すごくかっこいいとか、誰よりも強いとか、お金持ちとか、そういう事ではなく、理由なんかなくてバカになるとはどういう事なのか。
神楽はわからない。小柄で痩せっぽちだった頃と全く変わらず、わからない。
わからない神楽に、豊かに膨れた胸が、それをわかれとせっついている。バカになれと命じている。
そのために、お姫様をやめろ。と。

「恋バナとかは聞かねぇかんな、めんどくせぇ。相手が気に食わなけりゃ、さっさと振って新しいの見付けろ。いつもみたいによ」

「銀ちゃん、私を捨てる?」

いつかみたいに、それがお前のためだとか残酷な事を言って、銀時は自分を捨てるだろうか。
お姫様でない自分など、もういらないだろうか。

「…何言ってんだ」

神楽は床に膝をついてソファの上の銀時の顔を見詰める。
肉親みたいな空気みたいな、あってしかるべきもの。
そうでありながら間近に見る銀時は、今まで神楽を好きだと言いながら神楽の上に被さってきた奴らと同じ造形をしていた。
すごくかっこいいわけでも、誰よりも強いわけでも、お金持ちなわけでもない、しかし、なくてはならないもの。そんなものの造形が、神楽が今までに知った奴らと同じだった。

「…おい」

突然腹の上に跨がった神楽に、銀時が上体を起こした。
銀時がそうしたせいで神楽の尻は銀時の大腿にずれ、そこに止まった。
下半身に触れる体の硬さは、自分やそよちゃんとは紛れもなく違う。違うという事に神楽は気付いた。

神楽は銀時の上に座ったまま、パジャマの上を一息に脱いだ。
銀時には素っ裸だって見られた事がある。それも、結構最近。だが、自分の内股に触れる感触が、その時とは全く違う感情や感覚を呼び起こしていた。頭に、血が上る。

裸の胸を曝して神楽は言った。

「銀ちゃん。私をお嫁さんにして」

私はお姫様をやめて、バカになりたい。
お姫様ではないただのバカがなれるものを、私はたった一つしか知らない。

指先が床に垂れた銀時の手を取り、神楽は裸の胸に押し当てた。
ぺったんこではなくなった神楽の胸に押し当てた銀時の手は驚くほど深く沈んだ。

神楽は声を上げそうになった。
媚びや策略を含まない、生の声が喉の奥から溢れそうになり、そんな声を上げた事のない神楽はあまりの恥ずかしさに息を詰めてそれを押し潰した。

俯く神楽に銀時が言った。

「お前は俺を舐めてんのか」

神楽は銀時の手を自分に押し当てて俯いたたまま、首を横に振った。
銀時が神楽のつむじに向かって言葉を続ける。

「俺を、なんでもお前のためを思って行動してくれる、お前の優しい父ちゃんだとでも?」

「思ってネェよ!思ってネェから言ってるアル。ねえ銀ちゃん、私を銀ちゃんのお嫁さんにして。そんで私をバカにしてしまってヨ。私はバカになりたい」

「………」

盗み見た銀時の目は、新八が眼鏡を外して何かを見ている時のように細く絞られていた。銀時は近視ではないはずなのに。
見ていられなくなった神楽はきつく瞼を閉じた。
相手に乞わせる事しか知らなかった神楽は、初めて自分から乞うていた。それは屈辱的で涙が出そうなのに、何故か手足が溶けるように快感だった。

ぐっ、と胸にある掌がその辺りを押し上げるように動いた。
神楽は悲鳴に似た息を唇の隙間から吐いて、反射的に顔を上げている。
上げた顔の前には銀時の顔があった。近視の人間みたいな目付きをした銀時だ。近視でないくせに、一体何でそんな目をしているのか。何が見えにくいというのか。

「ぎ、…」

思わず名前を呼びかけた神楽は途中で止めた。いつもみたいに呼ぶ事で我に返ったら困ると思ったからだ。
銀時が、というより、自分が。

こいつはいっつもこんなふうにして女を抱いているのか、と神楽は自分の胸に沈んで動く指を見た。
乱暴で自分勝手だ。
こうやって、その他大勢の女と同列に扱われるのは、明らかにお姫様の役割ではない。

空を飲み込むみたいに大きな口で笑っていたあの女の子にもう居場所がないのなら、どうかいっそ殺してほしい。
誰にも頼めないのだ。
誰も私をバカにしてはくれなかったのだから。

ふと銀時の上体が前傾し、神楽に近付いた。裸の胸に、銀時の着物の布地が触れた。耳の傍に呼吸がかかる。
その呼吸が、次の瞬間には声を作った。

「知りませんよ。お姫様」

声は、そう言った。
それは聞いた事のない声音だった。
神楽はぎょっとして目を見開いた。

無味無臭だった空気が、突然、違和感を帯びたように思えた。
見開いた神楽の目に映ったのは、見たこともない表情をした、見たこともない男だった。

誰だこれ。

さっきまでソファに寝ていた、よく知った銀ちゃんはどこ行った。
全然知らない男が、神楽にみっともなく乞わせて、あろうことか神楽の胸をいいようにまさぐっている。動きは乱暴で自分勝手だ。

「知らねぇからな」

言いながら、知らない男は指を神楽の胸に一層食い込ませ、もう片方の手で神楽のむき出しの肩を強く掴んだ。
それが、妙に熱い。銀時は体温が低くて、掌はいつもひんやりしていたはずだ。
神楽は、誇り高いお姫様には到底相応しくない声を上げた。
無様な声は、恐怖に歪んでいた。

硬い大腿が持ち上がり、そこを跨いでいた神楽の尻をソファの上にずらして落とす。
掴まれた肩に力がかかり、腕力では叶うもののない血を受け継ぐはずの神楽が、無力な子供のように背中をソファの座面に押し付けられた。
脚は自然に開いて、のし掛かる男の膝を間に入れている。
神楽は覆い被さる知らない男を見上げた。
きつく細められた目が、怒っているように、嘲笑っているように見えた。

嫌だ。
怖い。

怖くて仕方がない。
初めてこういう事をされるわけでもないのに、怖くてたまらなかった。

怯えて竦む、まるで力の入らない神楽の体を男はおもちゃのように軽々と扱い、自分の思うとおりの姿勢を取らせる。そしてあの、妙に熱い掌がパジャマの下衣の中に入り込む。
それが下衣をずり下ろしながら神楽の大腿の裏を撫でるように這い、やがて持ち上げようとした時、神楽は

助けて。

と心の内に叫んでいた。

嫌だ。助けて。
ぱぴー助けて。

銀ちゃん。

銀ちゃん助けて。




「こんな夜道に女の子を歩かせていいと思ってるアルか」

じゃんけんで負けた神楽は言った。

「暗がりに引きずり込まれて犯されたらどうするアルか」

風呂上がりで外に出たくない銀時は、どうしてもアイスが食べたかった。
神楽も風呂上がりで外に出たくなかったが、どうしてもアイスが食べたかった。
そして、銀時がパーを出して神楽がグーを出した。

銀時は神楽に言った。

「犯されそうになったら蹴飛ばせ」

絶対外に出たくない銀時は神楽に言った。

「蹴り殺せ」




テーブルを巻き込んでひっくり返った銀時が、股間を押さえて踞っている。

「な、にすんだお前は!」

「うるさいネ!このケダモノが!」

「ケダモノって、…お前なあ!」

黙れ、と喚いた上半身裸の神楽の足が今度は銀時の腹にめり込んだ。

蹴る。
蹴り殺す。
銀時に教えられたとおりに、蹴り殺す。

蹴りながら、神楽は泣いた。
そよちゃんが泣いたみたいに泣いた。しかし神楽はそよちゃんみたいに出来たお姫様ではないから、あんなにおしとやかには泣けなかった。
遠慮なしに吹き出る涙と鼻水で溺れそうになった。
その内、本当に溺れそうになった神楽は銀時の足元に座り込んでしゃくりあげた。

「…何なんだよお前は」

夜兎が殺す気で蹴りつけたせいで尋常ではなく痛む腹を庇いながら銀時が体を起こす。そして、着崩れた着物を脱いだ。
その気配に過剰に反応して肩を震わせた神楽に、銀時は溜め息を吐きながら脱いだ着物を丸めて投げ付けた。

「銀ちゃん」

鼻水だらけの顔を上げた神楽に銀時は言った。

「さっさと着ろ。風邪ひくだろが」




神楽はバカになれなかった。
神楽の中にいる大きな口を開けて笑うお姫様は、銀時にも殺せない最強のお姫様だった。

仕方ないアル。
と神楽は思った。
この最強のお姫様が眠るまで、私はここでお姫様をやろう。

そよちゃんからハガキが来た。
高い綺麗な山に囲まれたお花畑の写真の絵葉書だった。
神楽はそれを、2枚の写真と一緒にして、大切なものを入れている箱に仕舞った。
箱には他に、ぱぴーから来た手紙が入れてある。




神楽は新八と、またホテル街を歩いている。やはり際どい理由ではなく、仕事で。

今回の浮気は、頭も尻も軽そうな若い女と、みるからに脂ぎった中年男だった。

「どいつもこいつも…」

さすがにうんざりした様子の新八がぼやいた。
電柱の陰から人の浮気を覗く新八の後ろ姿をぼんやり見ながら神楽は言った。

「仕方ないアル。だって、人を好きになるってそういう事なんダロ?」

「そうかもしれないけど!節操はないのかよ、節操はよ!」

僻む眼鏡は神楽を振り返りもせず、熱心に毒づいている。
神楽はその背中に、新八、と呼びかけた。
新八はそれでようやく、なんだよ、と神楽を振り返る。

「私をお嫁さんにして」

振り返った新八に神楽は言った。

「………」

新八は固まり、その手から証拠写真撮影用の携帯が落ちた。

「私をお嫁さんにしてヨ」

神楽はもう一度言った。
新八は眉間に皺を寄せて、目を細めるような表情をした。眼鏡をかけているくせに、見えにくい何かを見るような表情だった。
神楽は可笑しくなった。

アホだなこいつら。
と思ったからだ。

「…神楽ちゃ、」

「何マジになってんだヨ」

きもいんだよバーカ。
と、神楽は言って、振り返った新八の腹に軽く蹴りを入れてやった。勢い、新八は地面に尻をついた。

「何なんだよお前は!」

当然の事ながらキレた新八がそう喚く。
神楽は、

「そんなんだから、お前らはモテないアル」

と言った。

そして、この調子では、まだ当分お姫様は眠らないのだろうな、という、幸せなような悲しいような予感に笑うような顔をした。




(2012/11/13 00:46)



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