★小話『へんしん』

ある朝、坂田銀時が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な女子高生に変ってしまっているのに気づいた。彼はアホのように短いスカートをはいて横たわり、頭を少し上げると、弓形のすじにわかれてこんもりと盛り上がっているつけまの間から真っ白い腹が見えた。腹の微かな盛り上がりの上には、かけぶとんがすっかりずり落ちそうになって、まだやっともちこたえていた。ふだんの大きさに比べると情けないくらいかぼそい足が自分の眼の前に長々と投げ出されていた。

「おれはどうしたのだろう?」
と、彼は思った。夢ではなかった。
「もう少し眠りつづけて、ばかばかしいことはみんな忘れてしまったら、どうだろう」
と、考えたが、全然そうはいかなかった。というのは、彼は体の右を下にして眠る習慣だったが、この今の状態ではそういう姿勢を取ることはできない。右下になろうとすると、アホみたいに短いスカートがめくれ、いちごのぱんつをはいた尻がむき出しになってしまうのだ。なんとか尻がむき出しにならないようにしようと百回もそれを試み、両眼を閉じて自分のもぞもぞ動いている瑞々しい細い脚を見ないでもすむようにしていたが、下腹にこれまでまだ感じたことのないような軽い鈍痛を感じ始めたときに、やっとそんなことをやるのはやめた。
困った。
うちにはウィスパーもロリエも置いていない。

ちょうど目ざまし時計が九時四十分を打った――、彼の布団の頭のほうにある襖をノックする音がした。
「銀さん」
と、その声は言った――新八だった――
「九時四十五分ですよ。仕事じゃなかったんですか?」
ああ、あの呆れかえってうんざりしたような冷たい声! 銀時は返事をする自分の声を聞いたとき、ぎくりとした。それはたしかにまぎれもなく彼の以前の声であったが、そのなかに下のほうから、抑えることのできない頭の悪そうなぴいぴいいう音がまじっていた。その音は、明らかにただ最初の瞬間においてだけは言葉の明瞭さを保たせておくのだが、その余韻(よいん)をすっかり破壊してしまって、正しく聞き取ったかどうかわからないようにするほどだった。銀時はくわしく返事して、すべてを説明しようと思っていたのだったが、こうした事情では、
「わかってんよ、うるせえな、起きればいいんだろ」
と、いうにとどめた。襖が距てているため、銀時の声の変化は外ではきっと気づかれなかったのだろう。


ところが、このちょっとした対話によって、家族のほかの者の注意をひいてしまった。そして、早くも神楽が和室の襖を、突き破らんばかりの乱暴な拳(こぶし)でノックした。
「銀ちゃん、銀ちゃん」
と、神楽は叫んだ。
「いったい、どうしたアルか?なにしてるアルか?仕事もしないで私たちを飢えさせる気アルか?お前は何様アルか?」
そして、ちょっとたってから、もっと低い声でもう一度注意するのだった。
「銀ちゃん!銀ちゃん!起きろこの社会不適合者!雇用者に性的ないたずらをされたってふれ回られたいアルか!」
そのわきでは、新八が低い声で嘆くようにいった。
「銀さん、どうしたんですか?風邪ですか?何か欲しいものはありますか?桃缶ですか?アホのくせに何で風邪ばっかひくんですか?」

銀時は両方に向っていった。
「うっせー、起きるって、言ってんだろ、静かにしろ、」
そして、発音に大いに気を使い、一つ一つの言葉のあいだに長い間(ま)をはさむことによっていっさいの目立つ点を取り除こうと努めた。神楽はそれを聞いて、児童福祉施設にある事ない事リークしてやるネ、と言いながら朝食へもどっていったが、新八はささやくのだった。
「銀さん、開けて下さい。何やってんすか。いい加減にしないと犯して道端に捨てますよ」
だが、銀時は襖を開けることなど考えてもみず、諸事情から身につけるようになった家でもすべての襖に夜のあいだ鍵(かぎ)をかけておくという用心をよかったと思った。





題名『変身』(カフカ)

(2012-06-21 22:10)







memo log

top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -