お題

配布元: メノウメロウ(閉鎖)


やっぱりね (万事屋)

瓶の蓋が開かない。
台所で猫背で格闘していたら銀さんが来て、余裕の表情で
「ちょっと貸せ。」
と言った。
ムカついたので、僕は無視した。
無視したが、やはり蓋は開かなかった。
瓶の中身がどうしても欲しい僕は大人になって、黙って銀さんに瓶を渡す。
銀さんは
「やっぱりね。」
と、嬉しそうに瓶を受け取った。とても大人気なかった。
しかし、銀さんの手でも蓋は開かなかった。
僕は
「やっぱりね。」
とせせら笑ってやった。
気持ちは晴れたが瓶の蓋は開かない。
事の非生産性に僕は途方に暮れた。銀さんは自尊心が傷ついて不機嫌になった。
そこへ神楽ちゃんがやって来て、銀さんから瓶を毟り取った。
そして、いとも簡単に蓋を開けてしまった。
僕は、ここで言うべきであろう有難うという言葉に詰まってしまい、銀さんは更に自尊心を傷つけられ、台所に一瞬、ぎこちない沈黙が流れた。
神楽ちゃんはつまらなそうに僕に瓶を渡すと
「やっぱりね。」
と言って、そのままどこかへ行ってしまった。




少しか、もしくはそれ以上 (新八と銀時)

ほんの少し、貰えればいいのだと思っている。
それ以上でなくて、ほんの少し。
それだけ貰えれば十分だ。
それ以上を貰って、だらしなく肥えた家畜みたいにはなりたくない。
だらしなく肥えて、食べられるのを待つみたいな。
だから僕は、それ以上は貰わない事に決めている。
そう言ったら、つまらなさそうに机に足を放り投げている銀さんがつまらなさそうな表情で言った。
少ししか貰わないんだったら、貰わなかったそれ以上はどうなんの。
そう言われれば、僕は、自分の貰う少しの事しか考えた事がなかったのに思い当った。
それ以上、それ以上。それ以上は、どうなんのだろうか。
銀さんは耳をほじりながら、やっぱりつまらなさそうに、お前は子供だねーと言った。
「子供だって事は、人でなしだって事なんだよなー。」




うろたえる (新八と銀時)

駅のホームを鳩が落ち着きなく歩き回るように、僕は常にうろたえている。
留まるところがどこにも見つからず、僕はうろうろし続ける。
僕は近視で、周りが良く見えない。誘導してもらおうにも、銀さんは無精者で言葉が足りない。
だから僕はしょっちゅう躓いて傷だらけだ。
銀さんは言った。
「ほんとに危ない時は、なんか言ってやるよ。」
無精も過ぎれば冷酷だ。
僕は、そんな事を普通に言う銀さんがどんな顔をしているのか知りたかったが、近視なのでやはりよく見えなかった。
うろうろする僕の手が、いつか銀さんの着物の袖でも掴めればいいと思う。
そうしたら僕はそれを掴んで絶対に離さない。
その時は、うろたえる僕ごと銀さんもうろたえればいいと思うのだ。




名前を知らない (新八と銀時)

「昔、通りすがりに死にそうになってる奴と出会った事があって、」
と、銀時が新八に言う。
「そいつが俺に少しの金を差し出して言った。」
自分はどこどこの誰々だ、どこどこに家族がいるから、この金を渡してやってくれないか。
聞きながら新八は目を閉じた。
瀕死の人からそう言われている今より若い銀時の姿を思い浮かべようとする。
しかし、瞼の裏には何の像も結ばれなかった。
「俺はバカだったから、そうやって差し出された金を受け取るのを躊躇った。そいつは俺が躊躇っている間に死んでしまった。」
黙って受け取っておけば、そいつも満足しただろうにな、そう話す銀時の声は静かだ。
「その金はどうしたんですか。」
「死人の手から取って、俺のために使った。」
それは、おおよそ初めて聞く銀時の懺悔だった。
懺悔しながら、銀時は少し笑っている。
「俺は地獄に行くかな。」
新八は銀時の過去を知らない。
時折その末端が垣間見えるだけで、具体的な何をも知らない。
だから過去の銀時について、そんな奴は知らない、と思っている。
何があったとしても、そんな奴は知らない。知らない奴なんか、いないのと一緒だ。
自分が知らない銀時が何であろうと何をしていようと、存在しないものの事などどうでもいいのだ。
新八は、若くもなく年寄りでもない、たった今の銀時を見据えると、言った。
「あんたが死んだ時、もし閻魔か何かに会ってそれを咎められたなら、そんな事した奴はいねぇって、ばっくれればいいんです。」
「閻魔相手にシラを切れってのか。」
「大丈夫です。僕が、そんな奴はいないっていう証人になってあげますよ。」





捨てるように投げられた (新八と銀時)

僕は捨てるように投げられた銀さんの言葉や行動を一個ずつ拾って歩く。
それを両手に抱えてふらふらしながら、銀さんのあとをついて行く。
この前のことだ。
ちょっとした事があって、銀さんが言葉に詰まった事があった。
僕は、以前、似たような事があった時に銀さんが言っていた言葉を覚えていたので、それを今度は反対に銀さんに伝えた。
銀さんはよく覚えてるな、そんなこと、と驚いていたけれど、当たり前だ。僕は一つたりとも銀さんの落としたものは見逃したくないと思っている。
「銀さん、自分で言ってたでしょう。」
僕が少し呆れて言うと、銀さんは
「お前が聞いてお前が覚えてたんだから、それはもうお前のもんだろ。」
と言った。
僕は、その言葉もきちんと拾って、落とさないよう胸に仕舞った。




ちょうどわたしの目線の所 (万事屋)

僕の目の高さは銀さんの肩のあたりで、神楽ちゃんの目の高さは僕の肩のあたりだ。
三人で歩いていたとき、道の端に人だかりができていた。
なんだろうと思ってそっちに行ったけれど、人だかりが邪魔で何も見えなかった。
銀さんが軽くつま先立ちになって人だかりの向こうを見て、「なーんだ。」と言った。
僕もつま先立ちになったけれど、やっぱり何も見えなかった。
相変わらず僕の目の高さには銀さんの肩があって、僕には人だかりの向うの何が「なーんだ。」なのか、わからなかった。
神楽ちゃんはどうするだろうと思っていたら、神楽ちゃんは、僕と銀さんの肩に手をかけて僕らによじ登り、銀さんの頭の上よりも高い位置から向うを覗いて、「なーんだ。」と言った。
僕は、神楽ちゃんはいいな、とちらっと思った。
でも、どうしたって僕の目の前にはちょうど銀さんの肩があって、そして僕はそれがいいと思っているのだから、つまり多分、これが僕にふさわしい目線なんだろう。




妙な具合にひん曲がって (新八と銀時)

銀さんは、僕の近くにいる唯一の大人の男だったので、僕は僕の中にある大人の男に対するものを、全て銀さんにぶつけることになった。
それがあまりにも銀さんしかいなかったものだから、多分、圧力が強すぎたんだろう、今となっては、僕は銀さんに一体何をぶつけているのか、自分でもわからなくなっている。
銀さんはそういう僕を非常に複雑な表情で見ながら、それでも別に迷惑がるでもなくそのままにしている。
僕は銀さんがそういう感じで僕をそのままにしているから、余計にわからなくなって、出口はどこなのか、それどころか入口はどこだったのか、すっかり見失って立ち竦んでいるのだった。
銀さんが立ち竦んでいる僕の頭に手を置く。
そして、曲がったもんも見方を変えれば真っ直ぐに見えることもあるだろ、と言って
更に僕をわからなくするのだった。




薄暗くて、よく見えない (万事屋)

未明の薄暗い道を歩く。
仕事が思いの外長引いて、こんな時間になってしまった。
肌寒く澄んだ空気が鼻腔を頻りに刺激して、新八が小さいくしゃみを一つした。
寝ぼけて甘えた神楽を仕方なく銀時がおぶっている。
街中はまだ烏さえ目覚めておらず、二人分の足音以外全くの無音だった。
それなりの疲労もあって、誰も何も喋らない。ただ無言で帰途を辿った。
こうしてひそやかに歩いて、家に着けば静かに眠るのだ。
お互いに何の説明も必要ではなかった。
視覚の利かない薄暗がりの中にいるせいか、お互いが溶け合って、まるで一つの生き物になってしまっているように思えた。
三人の誰もが家族を知らない。肉親は知っていても家族は知らない。
知らないが、もしかしたらそれはこういうものなのかも知れない、と新八は銀時を見上げたが、その横顔は薄暗いせいでよく見えなかった。




あんたは、もう駄目だろう (新八と銀時)

掛け布団の中に引き籠っている銀時を踏む。
盛り上がった小山のようなそれは自分の足を乗せたまま宣言をする。

俺の人生はもう終わってるんだ。これは余生なんだ。おまけなんだ。おまけなんだから好きにするんだ。俺が俺のいいようにするんだ。毎日寝て暮らすんだ。気の向いた事だけするんだ。好きなものだけ食うんだ。嫌な奴はぶっ殺す。女の尻に蹴り入れる。ルールとか知ったこっちゃねぇ俺のルールは俺だ。他人が何言おうが関係ねぇ。

なんという駄目な人間か。
掛け布団を見下ろしながら侮蔑すると、中身が顔を出した。
「じゃあお前は、駄目になれるのかよ。…なれるもんならなってみろ。」
顔は思いのほか真顔だった。
それがやたら自分の本気の部分を刺激したので、とりあえず尻に蹴りを入れてやった。




それらしくしていろ (万事屋)

突然、神楽が訊いた。
「崖で、私と新八が落ちそうになってたら、銀ちゃんはどっちを助けるネ。」

銀時はテレビのリモコンを持ったまま、ぽかんとした。新八はCDのジャケットを眺めたまま、失笑した。しかし、神楽は本気だった。
「どっちヨ。」
神楽は常に不安定だった。定まった足場を持った経験のない神楽は、地面に足をつけていても、まだ揺れているような気がする。
「どっちも助けねぇ。」
特に考えた様子もなく銀時がそう言った。神楽は少しだけ息を飲んだ。
「…二人とも死ねってか。」
新八が相変わらずジャケットを眺めながら、平然とした表情で恐ろしい言い方をする。新八は、絶望的な境遇に対してどこか他人事のような目線を持つ。それは既に特技の域に達していて、ここまでいけば最早ある種の愛嬌だ。
その、そら恐ろしい愛嬌に若干怯みながら銀時は言う。
「昔からな、虎は千尋の谷に子供を突き落として這い上がって来させるっていうだろ。だから俺はどっちも助けねぇ。」
そして、手に持っていたリモコンを神楽に向けてからボタンを一つ押した。
「俺もそれらしくするから、お前らもそれらしくしてろ。」
銀時にリモコンで何かの電源を入れられた神楽の地面は、もう揺れなかった。
安心して、ガタつく不安定なソファの上に体を伸ばし、新八の眺めているジャケットの曲を鼻歌で歌った。
少し間を置いてから新八が、ジャケットから少しも目線を動かさずに言った。
「虎じゃねぇだろ、獅子だろ。」




放っておけば聞こえなくなる類のもの (総悟と近藤)

地の果てまで白い。

総悟の原風景はそれだ。
右手の先が暖かい。姉が握り締めている。
総悟は雪が積もった果てのない原っぱが嬉しくて、駆け出そうとした。握り締められている手を振りほどこうとした。
姉の手は離れなかった。
もどかしくなって、もう一度振りほどこうとした総悟に、姉が
「ああ、総ちゃん。」
と声を上げた。

総悟は、それがいつのことだったのか、どこだったか、自分と姉はそこで何をしていたのかを覚えていない。
ただ、姉の悲愴に自分を呼ぶ声ばかりが、やけに鮮明に蘇るのだ。
あとには果てしなく真白い原っぱが目の裏に残像のように残る。
姉は、それがいつのことだったのか、どこだったか、自分と姉はそこで何をしていたのかを聞く前に死んでしまった。
総悟には、もうそれが何だったかを確かめる術はない。

ビルの谷間の、常に日影になる道端に蟠った少しの雪は泥にまみれて、ごみのようだった。
総悟は最近、そんな雪ばかり見ている。
総悟の記憶の中の白い原っぱは、最近、谷間のように狭くなり、汚れ始めている。
立ち止まった総悟に気付いた近藤が、総悟に声をかけた。
「おい、総悟。」
その声は、悲愴であってしかるべきなのに、まるで何事もなく穏やかで太平楽だ。

総悟は、今はまだ聞こえている姉の声は、やがては聞こえなくなる類のものだと、確信している。



それは恐らく、大して外れてはいない (新八と銀時)

銀さんがするっと音もなく抜き放ったのは、僕の真剣だった。
銀さんはそれを僕の目の前でそうしてから、刀身を表裏して光を反射させ、
「いいじゃん。」
と言って、僕を見た。
刀を褒められたようだったが、僕は言葉にされなかった『おまえにしては、いいもん持ってんじゃん。』というニュアンスを、僕を見る銀さんの表情から読み取ってしまい、軽く鼻白んだ。
「いいです。いいですよ、もう。」
見せた事を後悔しながら奪い返そうとした僕の手首を、銀さんは刀の柄で軽く突いて跳ね返した。
「手入れもいいし、よく斬れそうじゃねぇの。な?」
銀さんの声は平生通りだった。
銀さんの声は気持ちいい。
僕はその声に気持ち良く騙されて、そして騙されたまま、僕の数歩先で銀さんが片膝を上げるのを見ていた。
銀さんの上げた片膝の反対の膝が、一瞬の流れで前に、僕の方に踏み出すのを見ていた。
おそらくはそういうことに慣れているであろう銀さんがそうするのを、僕は見ていた。
見ている僕の目の前で、ピュッと空気が切れた。
細くて冷たい空気が額に当たる。
僕は銀さんの声に騙されて気持ちがいいまま、ただそこに膝立ちになって、あと少し、刃の軌道が僕寄りだったら僕の前髪が千切れていたなとうすらぼんやり思った。
「な?」
いつも通りの銀さんの声が、もう一度、僕にそう言った。僕は
「はい。」
と答えながら、目前にとどまっている際限まで薄く研がれた切っ先と、深い灰色の刀身、そしてその先にある銀さんの、物騒でどこか欲情した目を見た。
それら全てをひっくるめて僕はあらためて、気持ちがいい、と思った。
僕は、銀さんの目を見詰めたまま指先で刀背を押し下げて、ゆっくりと鍔まで辿った。指の下で、刀背が擦れて冷たい音を立てた。
そして、指を一本ずつ開かせるようにして銀さんから刀を取り上げ、傍に転がっていた鞘に、作法通りに仕舞った。
「そういうものをさ、」
刀を奪われるまま床に腰をついた銀さんが言う。目は物騒なままだ。
「そういうものを、お前が持ってるってのが、…いいんだよなぁ。」
僕の左手は鞘に、右手は柄にかかったままだった。
いつでも一振りできる状態だった。
銀さんは僕のすぐ足元で、膝を開いて床に腰を付き、僕に喉を見せていた。
銀さんが言った事は、間違っている。
でも、それは恐らく、大して外れてもいない、と、僕は晒された銀さんの喉を見ながら思った。



私は、そうではありません (万事屋)

神楽は、布団の中で赤ちゃんごっこをしていた。
生まれる前の赤ちゃん。
万事屋の押入の布団は、お母さんの胎盤だった。
お母さんの胎盤の中は温かく、薄暗く、目はぼんやりとしかきかない。
かわりに耳はよく働いた。
時間はもう朝だったが、神楽は胎盤の中が心地いいのでそのままでいる。
さっき新八が来た。
馬鹿みたいに明るい声で「おはようございます。」と言って、何のためらいもなく居間に入って来た気配がした。
おはようございますの、お、と、は、の間に小さい『つ』を挟んだような、業者の営業みたいな挨拶だった。
馬鹿には相応しい挨拶だ、と神楽は温い暗がりで丸まりながら憎々しく思った。
昨日、新八と喧嘩をしたことは忘れていない。
体を丸めて何も見えない中で目を開けて、外の音を伺った。耳だけはよく働く。他愛のない会話とテレビの音がよく聞こえてくる。
テレビの声に重なって銀時の声が聞こえる。
「起きてこねぇんだけど、お前、起こした方がいいと思う?」
そういう銀時がどういう表情でいるのか、よくわかる神楽は、いたたまれない。もう二度とここから出たくないような気がする。
「知らねっす。」
新八の声は冷たい。やはり、もう二度とここから出たくない気がする。
もしくは、あの憎ったらしい小僧を、から揚げにする鶏を縊り殺すのと同じような目にあわせてやりたい。
神楽は生まれる前の赤ちゃんなのに、俗世の業にまみれて、息切れしていた。
もう、耳も塞いでやろうかと思った時、銀時が言った。
「…俺も、思わないでもないのよね。あいつ、やっぱ女の子だし。いつまでもそこに寝かしとくわけにもいかないとか。」
神楽は、耳を塞がなかった事を激しく後悔した。
まさか、この胎盤の所有者である銀時がそんなことを言うとは思わなかったからだ。
自分は孤立しているのだろうか。ひとりなのだろうか。
私はもう、生まれない。永遠に、ここで赤ちゃんをしていよう。
そう思って膝を、寝巻の上に入れて、もっと丸くなった。このまま、もっと小さくなってもっと小さな胎児になってしまいたいと思った。
しばらく向こうは静かになったが、やがて新八の声がした。
「なに言ってるんすか。神楽ちゃんは神楽ちゃんでしょ。あんなもん、女っつうか、ただの神楽ちゃんじゃないすか。」
その声は相変わらず冷たく放り投げるようで憎々しかったが、赤ちゃんになっていた神楽にとって、その言葉は最適の胎教だった。もしくは陣痛。
神楽は居心地のいい布団をためらいなく跳ね上げた。
そして襖を一気に開けて、網膜に入り込んできた光に目を焼いた。




あのお星様取ってみせて (万事屋)

神楽ちゃんが、
「私のまみーは星になったね。」
と言って、数えるほどしか出ていない星のどれかを指差した。
「いつ。」
と訊いたら、
「昔の話。」
まるで大人の女の人のような言い方で答えた。
「僕の母上もなったよ。」
僕が会話を引き継ぐと、神楽ちゃんも、いつ、と訊いてきたので、僕も昔の話だと答えた。
神楽ちゃんは
「もしも、」
と言う。
「私が星になったら、お前に取ってほしいアル。」
僕はそんな不吉な話はしたくなかったので
「僕じゃ届かないよ。」
と言った。
「じゃあ銀ちゃんを踏み台にして、取るね。」
神楽ちゃんは淡々としている。
どうして今にも死んでしまうような話をするのか、僕にはわからない。
「それなら銀さんが星になっちゃった時はどうするの。」
少しだけ腹を立てながら僕が言うと、神楽ちゃんは、そんな不吉な話はしたくないというように顔を顰めて
「銀ちゃんは、星になる前に、私とお前で引きずり戻すからいい。」
と言った。




ただもう私は上を見て (総悟と土方と近藤)

自分は上り続けるだけだ。
過去は全て足の下にあり、それを踏んで圧縮したものの積み重ねの上に自分は立つ。
過去は振り返るものでなく、自分が上るための足場になるものだ。
別に、過去を軽んじているわけではない。
足場は足場としてそれは厳粛なもので、だからこそ過去を徒に弄する事はそれに対する侮辱だと思う。

「くだらねぇ奴らだ。」
土方は、分厚い手配書の綴りを机の上に投げ出した。
しがらみか感傷かは知らないが、過去に囚われ現在を台無しにする馬鹿者共。
それこそが、お前達の拝み奉る過去に対する不敬だというのに。
「あんたは冷たいねぇ。」
総悟が言った。その言葉は土方にとって不満だった。
「肩入れするのか。」
「まさか。」
総悟は投げ出された綴りを興味なさそうに捲りながら笑う。
「けど、上も下も見失った奴が道を間違うのは、無理もねぇと思いやせんか。」
そして、妙に真面目な顔で土方の顔を見ていった。
「土方さんも俺も、幸運だ。いつも上の方に、目印がついてら。」
そう言って総悟が目線を上げた。
土方が振り返ると、後ろで近藤が『なに?』という顔で立っていた。




正しいことだと思います (新八と銀時)

もしもこれが正しく愛ならば、愛なんか死ね、と僕は思った。
こいつは、自分でも何言ってるかわかってないくせにやたら喋るし、高圧的なくせに押しが弱いし、説教臭いくせに常識がないし、金に汚いくせに金にだらしないし、そして何より、僕よりも10歳以上歳を食っている。
そういう、数限りないマイナスを蓄積しても、僕の中の数は0にならない。
それどころか、そういうマイナスの足し算は僕の中に入った時点で勝手に掛け算に変わって、当然のようにプラスとしてカウントされていくのだった。
この恐るべき算数を正しく愛と呼ぶのなら、愛なんか死ね、と僕は思った。
それが無理なら、地球だけ救って、間違っていてもいい、僕の事なんか放っておいてほしい。




だってだってだって (新八と銀時)

銀さんの鎖骨の間に鼻先を埋めてじっとする。

だってじっとしているしか、わからないからだ。
だってすごく近くにいるしか、わからないからだ。
だって銀さんにはそうするしか、わからないからだ。

「だってとか、本当はいらねぇんだけどな。」
銀さんが喋ると僕の額に当る喉仏が動いた。
「だって、」
つい言ってしまった僕のだってに銀さんが笑った。
「はいはい、無理なのね。わかります。」
銀さんが笑うと僕の額に当る喉仏が動いた。
無理と言われた僕はまた、だって、と思った。




狼のはらわた (銀時と土方)

土方の眼中に、万事屋は一切入らない。
土方の精神に、万事屋は一切介入してこない。
土方には土方の守るべき群れがあり、土方はその群れに全身を捧げている。
万事屋だってそうだろう。
「俺の事なんか、放っておけばいいんじゃないの。」
万事屋は、歪んだ笑いを土方に向けた。
「俺達はなんも関係ないんだから。お互いに。」
全くそれはその通りで、全くその通りの事をわざわざ口に出して言うこの男が癇に障る。
わざわざ口に出して言いたがる、そのいやらしい精神性が不快だ。
お説の通り、俺達はなんの関係もない。俺達は全く別の群れで生きる動物だ。
そしてそれぞれの群れにどっぷり浸かって生きている。
「俺にとって関係ない奴は、5割方、敵だ。」
土方の言葉に、万事屋はおもしろそうな顔をした。
「残りの5割は?」
「食いもんだ。」
万事屋は唇を引きつらせて犬歯を見せて狼のように笑い、
「テメーはバカだな。敵も、やっつけた後は食いもんになるんだぜ。だから、俺にとっては全部食いもんだ。」
と言った。
土方は、なんて節操の無ぇ野郎だと思ったが、万事屋の事を少なくとも敵だと思っていない自分も、結局万事屋と同じ結論に至るのだと思い直した。
俺達は、俺達が無関係である限り、こうしてはらわたを食い合っていくのだろうか。
そう思うと、溜息も出なかった。




大きくなったら猫になるの (銀時と神楽)

猫のように勝手に生きるのだ。
鎖にも檻にも邪魔されず、特定の誰かにつくこともない、限りなく自由な生を生きるのだ。
いつでも好きな時に好きなものを捕食して、気に入った所で眠る。
敏捷で賢い、爪と牙を持った生き物に私はなるのだ。
神楽は膨らんできて痛む胸を自分で掴んでみた。果たして、この痛みは自分を呪縛するだろうか。
獰猛な夜走獣に私がなろうとするのを邪魔するだろうか。
猫背になってテレビを見ている銀時の背中に抱き付いてみる。押し潰された両方の胸が痛かった。
神楽は抱き付いた背後から銀時を覗き込む。
丁度振り返った煩そうな表情の銀時と目が合った。
銀時も猫だ。敏捷で賢い、爪と牙を持った生き物だ。
「銀ちゃんは、誰にも甘えないネ。」
まだ猫ではない神楽には、この胸の痛みもどこかしら安らぎなのだった。
銀時は神楽の体を肘で押しのけてからテレビに向き直り、
「俺は俺に甘えるからいいんだよ。」
と言った。
神楽は、銀時は猫だと思う。
敏捷で賢い、爪と牙を持った孤独な生き物だ。




手も足もはなればなれにあるごとき (銀時)

何も持ちたくないし、どこにも行きたくはなかった。
しかし手はなにかを持とうとしたし、足はどこかへ行こうとした。
俺は自分の手足をもてあましていた。

ある日、あいつらは俺を抑えつけて俺の手足を切り落とした。
切り落とした手は神楽が、足は新八が取った。

そんなものをどうするのかと思っていたら、あいつらは取った俺の手足に、持つべきものと行くべきところを与えた。
持ちたくないし行きたくない俺では決して与えてやれなかったそれらを、あいつらは切り落とした俺の手足に与えた。
俺は体が軽くなり、俺の手足は与えられた事に喜んでいた。

あいつらは多分、俺を抑えつけて俺の手足を切り落とした事も、それを自分達が持っていることも、気付いていない。
それでいい。
気付かないまま持って、そして、気付かないまま捨ててくれるのが一番いい。

俺は、自分で自分を動かすことも出来ない人間だ。
だから俺は、持たせろ行かせろと喚く自分の手足を返される事が、こうなった今、何よりも怖い。









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